桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

生きている城

 人間の世界は、相変わらず時が止まったままだった。

 岩時神社の本殿と社務所の付近は、白龍側の霊獣が目を光らせながら警護をしている。

 紺野和真と石上結月は無事、カナメをはじめとする霊獣たちに保護された。

 だが大地と共に残ると言っていた梅は扉工房で別れてから行方不明となっており、神社の社務所へ一向に戻って来ない彼女を、カナメ達はとても心配していた。

 岩時神社の社務所にある畳の間では紺野和真が、ドゥーベと共にちゃぶ台上にある『円鏡』を覗き込んでいる。

「梅さん、見つかりません……」

 紺野がこう言うと、カナメが結月と共に円鏡の中を覗き込んだ。

 醜い巨大蜘蛛の形をした螺旋城は、静止したままの状態になっている。

 梅は黄金の炎を吐い直後、城の入り口付近にいたはずなのだが、今はもうどこにもいない。

「大地を探しに、螺旋城の中へ入った可能性が高いな…………」

 カナメが言うと、紺野は心配そうに首を横に振った。

「ここからでは、天枢(ドゥーベ)を使って螺旋城の中を見ようとしても、上手く確認できないんです。ドゥーベに頼っても全く同じで…………」

 妖精ドゥーベは紺野と結月の頭上を飛び回りながら、彼の言葉に同調するようにこくこくと頷いた。

「中へ入らないと、天枢は利かないのだろう。螺旋城(ゼルシェイ)は生きている。それに、本当の意味であの螺旋城の中を把握できるのは、時の一族…………鳳凰の血を持つ者だけだ」

「なるほど…………」

 螺旋城が暴れ回った姿を間近で見た者ならば、あの城が生き物であるという話を信じる事が出来る。

 だが本来、城というのはただの建物なのであり、普通は呼吸をしたり暴れたり、人を襲ったりはしないものである。

「あの城にどうやって外部から入り込めば良いのか、探らなければ」

「あ。何か映った!」

 紺野が目を丸くしながら叫んだ。

「…………?」

 再び映るようになった円鏡を、紺野と結月、それからカナメも一緒に覗き込んだ。

 ドゥーベはその周りを、興奮しながらクルクルと飛び回っている。

「指で一度たたくと…………ほら!」

 トン。

 螺旋城は、見ている方を奇妙な気分にさせる姿へと変化した。

 表面上はどうにか城らしい姿を保っているのだが、少し注意深く見つめると、灰や煤で黒く汚れてだいぶ寂れ、今にも崩壊しそうな様子に見てとれる。

 ドゥーベはこの螺旋城を指さした。

「え?」

 ここだよ!

 と、ドゥーベは紺野達に教えてくれている。

「ここが、梅さんがいる螺旋城?」

 こくこく、とドゥーベは頷いた。

 トン。

 紺野が円鏡をもう一回たたくと、今度はボロボロに崩壊した直後の城が、パッと映し出される。

 何もかも吹き飛ばされ、粉々になってしまった後の、螺旋城の姿。

 岩時の神体であるこの円鏡は、トントンと指で叩くたび、視点を変えて中に映るものの『真実の姿』を、何度も何度も映し出してくれるようだ。

「ここは…………どの時代の螺旋城なのかな? 大地や律や梅さんは一体、どこにいるんだろう」

 律たちの安否を心配しながら、結月がぼそりと呟く。

 トン。

 もう一回たたくと、輝いていたはずの螺旋城はぐにゃりと体勢を崩し、麻酔薬でも打たれた生き物のようにだらしなく地面へとへたり込み、それから…………ぼんやりと霞んで、見えなくなった。

 本来ならばこの円鏡は一刻も早く、本殿の中の然るべき場所に安置すべきなのかも知れないが、その本殿が今は、狂った黒龍側の神々に利用されようとしている。

『早く見つけ出して元に戻らねば手遅れになる。時を逃すと二度と、見つからなくなってしまう』

 紺野はクスコが漏らした、この言葉がとても気にかかっていた。

 彼女は確か、最強神の尾に咲く魂の花を早く見つけ出したいと言っていた。

 元に戻らねば、という彼女の言葉は、何を暗示していたのだろうか…………

 トン。

 深く考え込みながら、また紺野が画面に指で触れると、今度は黄金の装飾で縁取られた銀の軽装束に、肩まで伸ばした艶やかな黒髪を風に揺らす少年が姿を現した。

「見えた!」

「これ…………もしかして、最強神・深名斗(ミナト)?」

「うん」

 結月の問いに、紺野は頷いた。

 彼女は興味深そうに、深名斗の容姿をじっと見つめている。

 当の深名斗はそんな結月の視線にはまるで気づかず、キョロキョロとあたりを見回している。

 もしかしたら深名斗本人も、自分が今いる場所がどこなのか、わからなくなっているのかも知れない。

 紺野はとても歯がゆく思った。

 大地や梅とコンタクトを取れれば、力になれるかも知れないのに…………。











「…………どこだ、ここは」

 深名斗は困惑し、腹を立てていた。

 大地が放った『黒天枢』に飛ばされ、粉々に吹き飛んだ螺旋城の中で、世界最強であるはずの自分が何故か、見知らぬ場所へと移動させられてしまったのである。

 我慢ならない。

 この自分が、あんな少年の力の影響を受けるなど…………!

 城の中ではなく、深名斗は城門のすぐ外へと飛ばされてしまったようである。

 あの恐るべき力をどうして最強神である自分が持っておらず、人間とドラゴンのハーフであるはずの大地が易々と手にしているのだ?

 先ほど潜入したばかりの、ユナの結婚式が行われていた時代は、城は確かこのような外観では無かった。

 体裁を取り繕っていただけだったが、この城よりはかなり美しかったはず。

「時代が違う」

 吐き気を催すほどに醜い、螺旋城。

 自分勝手な振る舞いばかりをし、それをさも当たり前だと主張してきた卑しい心根の生き物は、年老うとさらに本物の醜さへと変貌する。

 その事に自分では気づかない。

 深名斗はやっと思い当たった。

 腐臭と禍々しさしか感じ取れないこの城は、ユナの結婚式があった時代から、かなりの時が経過している。

 何かに頼って楽をすることが当たり前となり、薄汚れた価値観と曖昧な生き方に溺れることを選び取り、衰退へ一直線に向かってゆく世界。

 その証拠に、これほど人が大勢いても、この自分に話しかけて来る人間など、誰一人としていやしない。

 皆が皆、自分の欲望を叶えることに夢中になるあまり、他者を気にかける事など忘れ去ってしまっているからである。

 さて…………どうしようか。

 少し考えてから、深名斗は堂々と正面から城の中に入ろうと決めた。

 いかつい門番が二人、城門で待機している。

 深名斗は右側の門番に話しかけた。

「この城は……螺旋城なのか」

「そうですよ。それが何か?」

 年老いた役人と思われるこの男も、どこかだらしない雰囲気を醸し出している。

「お前、どこから来た。名前は? 通行許可証は?」

「通行許可証など無い。名は深名斗(ミナト)。高天原から来た。城の中へ入りたい」

「高天原ぁ? 嘘をつくな! そんな天上の世界からこの螺旋城に、一体何の用だ。許可証が無いと中へは入れないぞ」

「嘘などついていない。それに何故、許可証が無いと中へ入れない」

「王家に害をなす可能性があるものを、通すわけにはいかん」

 深名斗は右側の門番の額を真っ直ぐ指さし、静かに術式を唱えながらこう言った。

「花を探している。ユナはどこにいる? あの女なら、僕の事を知っている」

 右側の門番の顔が、苦痛に歪んだ。

 深名斗が指さした額が、とても熱くて痛くなってきているのである。

 近くに待機していた役人たちはサッと警戒し、一斉に身構えた。

「うっ…………何をする! 女王様を、呼び捨てに……不敬にあたるぞ」

「…………ほう。あの女は、何故、女王(・・)になった?」

 深名斗の目からは狂気がにじみ出て、ジュージューと音を立てながら右側の門番をあっという間に焼き殺した。

 右側の門番の体がほとんど溶けて無くなったのを見て取ると、左側に立つ番人は深名斗の行動に恐れをなした。


「う、うわぁぁっ!」


 化け物!

 遠くから人々の悲鳴が聞こえる。


「化け物はお前らだろ。スウ王子はどうしている」

 左側の門番は「ヒッ!」という叫び声と共に、慌てふためきながら返事をした。

「スウ様はもう、とうに、お亡くなりになられました!」

 左側に立つ番人が、ブルブルと震えながら深名斗に返事をする。

「どうして死んだ」

「ご…………ご病気としか」

「一体何の病気だ。蘇りを得意とする鳳凰の一族が、病気で死ぬわけが無いだろう」

「さ、さぁ…………私には、そこまでは」

「お前は自分の国の国王になるはずだった男の、死因すらわからないのか!」

 すると後ろから、このやりとりを見ていた二人組の男のうちの一人が声をかけてきた。

「何の騒ぎです」

「ああ、ジン様! いえ! この少年が、城の中に入って、花を探したいと、こう申しておるのです!」

 左側の門番は、もう踏んだり蹴ったりだ。

 今までで一番強い恐怖心を抱いていたジンという男が、背後から現れたのである。

「黒い茎を持つ花だ。僕の帰りを待っている」

 深名斗はこれだけを言った。

 ジンは右側の門番の遺体を確認してピクリと眉根を寄せたが、それ以上は表情を動かさず、深名斗に向かって静かにこう言った。

「これ以上、城の番人を殺されては困ります。中へ入っていただくわけにも、中の様子をお教えするわけにも、まいりません」

 後ろでは狛犬シュンが警戒心を隠そうともせず、深名斗の方を見つめている。

 シュンには、深名斗がただの黒龍側の神では無いという事がわかった。

 自分にもこのくらいの事を感じ取れるのだから、ジンが何も感じていないはずは無いだろう。

 ジンは、この少年と戦うつもりなのだろうか。

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