桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

どっちが先?

 深名、爽、ウタカタの三体は、いつしか夏休みの宿題に夢中になって取り組んでいた。

 人間世界の完成まではあと一歩なのだが、魂の花に替わる何かが見つからない限り、永遠に世界も人間達も、動くようになってはくれない。

 これでは『時の王』を作り上げ、世界を守らせることすら叶わない。

 思った以上に難しい。

「とにかく、深名ちゃんの尻尾みたいに『くるくる回るやつ』を探して、ここに植えればいいんだよねー?」

 ウタカタはの深名のおしりを指さしながら、爽に尋ねた。

「うん。理論上の話だけどね、前例が無いから」

 こんな事を実践してみた神は、どこにもいないだろう。

 爽は思った。

 本物の『魂の花』を使うのが一番、確実で手っ取り早いはずだと。

 何故なら魂の花が上手く土の中に根付けば、花そのものを摘み取ってしまった後も、人間世界や人間達がちゃんと自分達の意思で動くようになり、命を繋いでいく事が出来るようになるはずだから。

 だが、危険極まりない。

 ドラゴンの尻尾の先に咲く貴重な花を引き抜くなど、到底考えられない。

 そんな事をしたら、逆に深名の方が死んでしまう可能性だってある。

 けれど『魂の花』に替わるものは、どこを探しても見つからなかった。

 色々な方法を使って『魂の花』に似た『くるくると回る植物』を探し出して、試しに片っ端から植えてみたが、上手く根づかないしすぐにへなへなと枯れてしまう。

 三体の幼い神々はそれでも根気強く、5度目、6度目…………10度目まで実験を試みた。

 ぽつん。

 ぽつん。

 深名が水色の球に青い液体を垂らした途端、中に映っていた神々そっくりな容姿をした人間達が動き出す。

「あー…………まただ」

 人間達は気力が無くなって動かなくなり、あっという間に死んでしまう。

 ふいに、深名が良い事を思いついたような顔をして、こう言い始めた。

「じゃあ先に『時間』の方を埋めて、『時の王』にこの世界を守らせてみる?」

 魂の花よりも先に『時間の城』を建てておいて、その後で『魂の花』に替わる何かが見つかった時に、地下にある青い湖がある場所に植えてみる。

 手順を変えてしまうのだ。

 その方法に、ウタカタは首を傾げた。

「ソウ君、そっちが先でいいのー? それだと世界が、狂っちゃわない?」

「…………うーん、やってみない事にはわからない。どうだろうね」

 後先は関係無さそうにも思えるのだが、本当のところは誰にもわからない。

 恐れを知らない子供は、数多くいる。

 その要因の一つは、経験が浅いからだ。

 自身の力量を測れないため、大人達よりも行動に迷いが無く、清々しく潔い。

「でもまぁ、試しにやってみる?」

 爽は、小さな輪の形をした道具をポケットから取り出し、術式を唱えた。

「『時の輪』」

 すると綺麗な螺旋の形を描いた、手のひらサイズの輝く小さな結晶が生まれた。

 爽の手の中に生み出された『時の輪』は、クルクルと規則的に回り出し、弧を描いて人間世界の地面へと降りた。

 その途端、綺麗だったはずの『時の輪』はブルブルと震え出し、醜くて巨大な蜘蛛のような城の形へと変化してしまった。

「…………あれ?」

 取りあえず、『時間』の役割を持つ螺旋城(ゼルシェイ)が無事に、誕生したのはいいものの…………。

 綺麗な城が建つはずだったのに!

 これでは化け物同然だ。

 しかも建ったはいいが、人間達はただワラワラと興味本位で群がって来るだけだ。

 人間世界で生まれた『命』を維持するための、大事な心臓を作るはずだったのに。

 そのうちにせっかちな深名は、イライラし始めた。

「もう探すのが面倒だから、これを使う事にするよ」

 自分の尻尾をまさに引き抜きそうな勢いの深名を、爽は慌てて止めた。

「何を言ってるんだ!」

 爽は仰天し、首をブンブンと横に振った。

「これは、深名の大切な体の一部じゃないか! もしこの二つの花を螺旋城に植えてしまったら、深名が死んでしまうかも知れないんだよ?」

「私が死ぬわけ無いじゃない」

 深名はフンと鼻息を鳴らした。

「一部の人間達は『時』の存在を知ったせいか、少し生存率が伸びたみたいだけど」

 生きるための強烈な原動力に欠けるためか、人間の生命力は依然として儚いまま。

 どんどん、どんどん、死んでゆく。

 病気でも無く、事故でも無く、ただ自ら進んで死んでゆく。

「このままじゃ人間達、いなくなっちゃうかも」

「早く見つけないと。『魂の花』にかわる何かを…………」

 彼らが安心して生きるようになるためには、やはり本物の魂の花を植えるしかないのだろうか。

 将来は時の神の最高位に立つはずの爽だが、この頃は幼かったため、未来の予測など到底出来なかった。

「せっかく作ったのに、人間達が全部死んじゃうなんて、そんなの嫌だ」

 深名は嘆いた。

 そうこうしているうちに、深名が作った人間世界の素晴らしさに大人の神々が気づいてしまい、手柄を横取りをしようと怪しげな動きを始め出した。

 三体はこっそり作業をしていたつもりなのだが、人間世界の美しさと素晴らしさは誰の目にも明らかで、即座に狙われてしまったらしい。

 あと一歩で完成という世界だが、まだ正式に深名だけのものにはなっていない。

 世界が未成熟の現段階でこっそりと奪い、手柄を横取りして完成までこぎつけようと大人達は考えたのである。

 そうすれば脚光を浴びるのも、神々の間で英雄と祀られるのも、一躍有名神になって手柄を貰えるのも全て大人達、という事になる。

「ちょっと私に貸しなさい」と言いながら急に現れ、盗人のようにサッと人間世界をどこかへ持ち去ろうとする大人達まで現れる始末である。

 幼いながら力の強い三体は、そんな大人達を当然、許したりするはずはない。

 力づくですぐに水色の球を取り返したが、このままではまた狙われてしまう。

 警戒心を強めた深名は術を唱え、人間世界を灰色の四角いゲーム機のような形に変化させて、大人達の目を胡麻化した。

 それ以降深名は、爽とウタカタ以外には人間世界を見せようとしなくなった。

 とにかく世界を完成させ、然るべき神々からのお墨付き…………つまりは高天原全域で通用する特許を取得しなければ、安心できない。

 深名は次第に焦燥感を募らせ、イライラして精神が不安定になり始めた。

 何日か経過したのち、ついに深名は決断した。

「もう、この『魂の花』を使う事に決めた」

「ダメだ! だって今、君の魂が無くなっちゃったら…………って。え?」


 ────ぶちっ!


「うわっ?! 深名?!」

 爽は深名を見て叫んだ。

 深名が左右が白黒に分かれたドラゴンへと変身し、自分の尾の先についた花をふたつ、あっという間に引き抜いてしまったからである。

 白と黒の、魂の花。

「馬鹿! ────どうして抜いちゃったんだ! ダメだって言っただろ?」

 やばいやばいやばい!

 コイツ、マジでやばい!

 これから先どーするんだよ、自分の大事な魂を抜いちまいやがって!!

 爽は心の中で叫んだ。

 だが驚いたことに、深名は花を抜いたくらいでは死ななかった。

「これを植えれば、人間がちゃんと動くようになる。やってみよう!」

 ピョンと高くジャンプし、白黒ドラゴンに変身した深名は、勢いよく水晶の中へ飛び込んだ。

「やってみよう! じゃないよ、全く…………!!」

 爽も鳳凰に変身して、慌てて彼に続き人間世界へ飛び込んだ。

「行ってらっしゃーい……」

 ウタカタは、バイバイしながら彼らを見送った。

 そろそろ、体が泡に変化しそうだったから。

 そこから、どこをどう飛んだのか…………爽には思い出せ無い。

 深名と爽は螺旋城へ着いた。

 色々とすったもんだあった挙句、ついに深名は自分の『魂の花』をふたつ、螺旋城の地下にある湖の側へと埋めた。

 それによって人間達は『時間』をきちんと認識し、彼らの思考は神々とそっくりに動き始め、自ら死んでいったりしなくなった。

 無事に初代『時の王』も誕生した。

 これで人間世界は、自動で生命維持が出来るようになるだろう。

「やった…………!」

 深名は、人間達を『高い思考能力を持つ生き物』へと成長させたのだ。

「…………ん?」

 魂の花を螺旋城へ埋めたはいいが、深名の体に異変が起き始めた。

 グニャリ! という音と共に、体が二体に分離してしまったのである。

 男性の深名斗と、女性の深名孤。

 元々の『深名』の昼の時の姿と、夜の時の姿に分かれてしまった。


 あーあ…………。


 だから、言わんこっちゃない。


 爽は心の中でため息をつき、二体に分かれた『深名』に尋ねた。


「この先どーするつもりだよ」


 人間世界は無事動き出したが、深名の行く末があまりに心配だ。


「どーするも何も、僕が作った人間世界を、あらゆる神々に認めさせるのが先だ!」


 こう言い始めた深名斗は『深名』だった頃の性格の、傲慢な部分だけをそのまま抜き取ったかのようだった。


「どーするも何も、私が不安定なこの世界に留まって、人間達を守ってあげるのが先に決まってるでしょう?」


 こう言い始めた深名孤は『深名』だった頃の性格の、お人好しを絵に描いたような部分を、抜き取ったかのようだった。


「どうやら貴様と僕とじゃ、話が全く合わないな!」


「そうみたいね!」


「貴様は貴様のやりたい事をやればいい。僕は僕で勝手にやる。それでいいか?」


「ええ。それでいいわ。別々になれて清々するし!」


 ぷいっ!


 ぷいっ!


 二体は互いにそっぽを向き、それっきり現代になるまで、会う事が無くなった。


「…………どーするよホント……」


 爽は、最強神である二体が最初に反目し合った瞬間を目撃した、超レアな神だったのである。
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