何度忘れても、きみの春はここにある。
 その人自体を忘れたら、痛みさえ残らないのだから、俺にとってはなんのダメージもない。
 だから、どんなことも捨てて生きてこれた。
 今回もそれでいい。
 どうせ卒業したら、二度と会わないような関係だ。
 土曜日の自分は、自分じゃないみたいで、怖い。
 そんな感情からは、逃げてしまいたい。

「あれっ、瀬名先輩! なんで今日来てくれたのー?」
 ドアを開けた俺を見て、村主が目を丸くして驚いていた。
 菅原に連れられて、俺は久々に村主や岡部、その他名前の知らない奴らとカラオケ店に集まっていた。
 薄暗い室内で、男女が上手くもない歌を歌ってバカ騒ぎしている。
「ヒマそうにしてたから連れてきちゃった」
「菅原先輩、最高ー!」
 菅原の調子のいい言葉に、村主は目を輝かせ喜んでいる。
 すべての言葉を無視しながらソファ席に座ると、村主がすぐに隣の席に移動してきた。
「瀬名先輩っ、何飲む?」
「うわ、酒くさ。お前それ以上脳細胞死んだらどうすんの? 卒業できんの?」
「できるし! いざとなったら金の力で解決するし」
 村主の家は代々医者の家系で、村主もその道を期待されていたが、今の様子を見ると医療系の進路には興味ない様子だ。
 村主の抱きつきを右腕でガードしながらスマホをいじっていると、左隣に岡部が座ってきた。
「類、久々じゃん。なんか歌いなよ」
 岡部にデンモクを渡されたが、俺は「いい」と一言冷たく返す。
 彼女は不服そうな顔をして、俺の腕部分の服を引っ張った。
「ねぇ、この前のことまだ怒ってる? ごめんって。もう絡んだりしないから」
「え、この前のことってなんですか? 岡部先輩と瀬名先輩、ケンカしたんですか?」
「村主うるさいよ? なんでも話入ってくんなー?」
 ただただ、雑音欲しさにこの場所に来てしまった。
 桜木のことを考えると、心臓が痛くなって、苦しいから。
 大切なものなんてないほうがいいに決まっている。
 刹那的な人付き合いの方が楽だってこと、この部屋にいる奴らも皆知っているはずだ。
 頬杖を突きながら、部屋の中で爆音で流れる音楽を聴いていると、村主が俺に抱き着いてきた。
「瀬名先輩! この前の告白どう思ってるの? ちゃんと考えてくれてる?」
「いや、もう秒で答えただろあのとき」
< 36 / 135 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop