男心と春の空
夏のバイト
狭い更衣室で矢野英子と二人になる。
最近はずっとバイト入れてるから、この場面はよくあった。

「ねえ、海くん、こんなにシフト入れてたら彼女と遊ぶ暇ないんじゃない?」

シフト表を手に、矢野英子が言ってきた。

確かに8月中は週6でガッツリ入れている。
やることない大学2年だし、金稼ぎたかった。

「あー、べつにいいっす。会ってないんで。」

自分でも引くくらい冷めた発言。

ちゃんと別れてないな、と弥生ちゃんを思い出す。

でもちゃんと会ってまで別れを告げる勇気が今の俺にはない。

面倒なことを先送りしてしまう。

そう、絶対に面倒なことになりそうだと感じていた。

この間も何か連絡来てたけど返信はしてなかった。

「えー、何かあったの。」

矢野英子が首を突っ込んできた。

「いや、何もないんですけど、なんか・・・」

アキナの顔が浮かぶ。

俺がただ悪いだけだ。
こんなことを言ったら矢野英子から批判を浴びるのが目に見えてる。

そして樋川も芋づる式に浮かぶ。

「なんか、上手くいかないですよね。」

俺はそう濁す。
矢野英子は俺をじっと見る。

「もったいないなー。」
「え?」
「もったいないよ。」
「なんでですか。」

俺がそう言うと、矢野英子はモジモジとシフト表をいじり始める。

「いい時期なのに。バイトで夏が終わるなんて、しかも海くんモテそうなのに彼女とも遊ばず。」

そんな言葉に、俺は「うーん」と少し考えて呟く。

「だって上手くいかないんすもん。」

そう、いろいろと。

別れることすらできない俺。
お父さんか、高松雄介かを選ぶことすらできずにいる俺。

ぼんやりと過ごして先延ばしにしてる。

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