幸せにしたいのは君だけ
「ご実家に参りますか?」

「ああ」


ふたりの男性が短い言葉を交わす。

すぐに車が動き出した。


その時、入り口から走り出てきた圭太さんの姿が視界に映った。

ほんの一瞬目が合うと、彼の目が驚いたように大きく見開かれた。

声は聞こえないが、唇の動きで名前を呼ばれたのだとわかった。

走り寄ってくる彼にどうしてよいかわからない。


「……圭太には悪いが、今はこのまま走る」


独り言のように放たれた言葉に、なんの返事もできなかった。

車は滑らかに夜の街を進んでいく。

副社長はなにも話さず、自身のスマートフォンを操作している。


この数時間の目まぐるしい変化に、心と頭がついていかない。

副社長の社用車に乗せていただくなんてありえない。

そもそも、社用車を私用で使ってはいけないはずなのに。

流れゆく夜の景色をほんの少し前と同じようにしばらく見つめる。

見慣れた帰り道のはずだが、少し違和感を抱く。


「あの……どこへ……」


恐る恐る尋ねると、副社長が口を開いた。


「澪の実家だ。確か三浦さんの自宅は、その近くだったでしょう?」

「え!?」

「元々今日は向かう予定だったんだ。社用車を私用に使っているわけではないので安心して」


心の中を読んだかのような返答に、驚きを隠せない。


「あの、でも……なぜ」

「三浦さんは澪と話すべきだと思うから――着いた」


はじかれたように窓の外を見る。

大好きな憧れの先輩が、明るい外灯に照らされて立っていた。
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