紡ぐべき糸

「一年経った時 彼女 俺に 結婚を断ったんだ。俺が 今の関係に 満足していることに 気付いて。俺が 結婚を申し込んだことに 責任を感じて 彼女に 縛られないように。」

啓子は 驚いて聡を見る。
 

「その後も 会ってくれるんだよ。俺が 会いに行けば。たまに会う時間を 彼女も 楽しんでいたから。でも 俺の自由を 奪わないために 結婚を 断ってくれたんだ。」

暗い車の中でも わかるほど 聡の瞳は 切なく翳る。
 

「その人 すごく 強いですね。自分に負けたり 流されたり しないのかな。」

啓子は つい言ってしまう。
 

「そう。しなやかで 強いんだ。自分に強い分 他人に 優しくてね。」

聡の 切ない笑顔は 啓子を 泣きたくさせる。
 

「俺さ 弱いから。彼女と 別れるのが辛くて。でも もう 会ったらいけないと 思っているんだ。」

だから聡は 苦しんでいたのか。

好きなのに。

離れようともがいて。
 

「辛くないですか。」

啓子は 聡から 離れることは できなかった。


聡の片思いが 実ったと知っても。


諦めるために 会社を辞めて 聡から 離れようとは 思えなかった。
 

「辛いよ。気が変になるくらい。でもさ 俺が 彼女を縛っていたら 彼女 前に進めないだろう。」

聡は そっと啓子を見る。


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