紡ぐべき糸

19


少しずつ 聡の瞳は 明るくなっていく。


多分 誰も 気が付いていないけれど。

そもそも 聡の瞳が 翳っていたことにさえ 気付いていた人は いなかっただろう。
 

いつも 啓子は 聡を 気に掛けていたから。


話す声のトーンや 笑い声からも 啓子は 聡の変化に気付く。


出会った頃のように 不躾に 見つめなくても。


一瞬 目が合うだけで。


啓子は それほど 聡を思い続けていた。



聡は 前を向き始めた。

そう思うと 啓子は ホッとした。

 
寂しそうに翳る 聡の瞳は 啓子のことも 悲しくしていたから。


ただ 聡を思うだけで 何もできない自分が 歯痒くて。
 
バレンタインデーの夜 啓子は 衝動に任せて 大胆に 聡を 抱き締めてしまった。

翌朝は 恥ずかしくて 聡の顔を 直視できなかった。


聡は 弱味を見せた照れと 親しみを込めて 優しく啓子に 接してくれたけれど。


啓子が 聡の痛みを 共有したことを 認めるように。
 


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