策士な御曹司は真摯に愛を乞う
「杏奈、外食派なのに」

「え?」


きょとんとする彼女に、私もパチパチと瞬きを返した。


「いつのこと言ってんのよ。私、夏に結婚決まったから、料理の勉強も兼ねて、今年に入ってからずっとお弁当!」

「……え」

「え、って。美雨には結婚式参列してほしいって伝えた時に、お弁当頑張るって話したじゃない」


忘れたわけじゃないでしょうね、とやや憤慨して言われて、私は慌てて取り繕った。


「ご、ごめん。そうだったよね……」


別の部署にいる杏奈には、私の記憶喪失はもちろん、一週間入院していたことも伝わっていない。
事情を知らない人と話すのはこれが初めてだから、私は今さら、自分にこの一年の記憶がない事実を痛感した。
なんとも浦島な気分……今まで、ほとんど夏芽さんと二人だったから、人との間で初めて感じた。


「もうっ」


ランチボックスの蓋を開け、箸を取る彼女に、『相手は誰?』なんてとても聞けない。
私の記憶の中の杏奈に、付き合ってる人はいなかった。
となると、この一年ほどの間で知り合った人で、わりとスピード婚なのだろう。


失ったのは、たった一年の記憶。
大人になってからの一年なら、普通の生活にそれほど支障があるわけじゃないと思ってた。
心配をかけたくないから、あまり公言したくもない。
他に、杏奈との間で、忘れてることはないだろうか――。
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