策士な御曹司は真摯に愛を乞う
「黒沢さん。どうかした?」


なのに、夏芽さんはそんな私にお構いなしに、遠慮なく近付いてくる。


「あ、あの。すぐ、テーブルに運びますから、そっちで待ってて……」


とにかく、一拍置いて深呼吸して、この速い鼓動を落ち着かせたい。
なのに。


「やっぱり、美味しそう。三色丼」


夏芽さんは私のすぐ隣まで来て、盛りつけの済んだ丼を覗き込んだ。
彼の濡れ髪から香るシャンプーの匂いに、私の胸は落ち着くどころか、逆にドキンと跳ね上がってしまう。


今度は目じゃなく顔を背けた。
ついでに一歩飛び退いて、意識して間隔を広げる。
逃げられた格好の夏芽さんが、首を傾げるのが視界の端っこに映り込んだ。


「?」


不思議そうに、私の横顔に目を凝らしていたようだけど。


「もしかして……また朝みたいに迫られるって、警戒してる?」


私が作った距離を物ともせず、わざわざ身を屈めて耳打ちしてくる。


「っ……!」


吐息混じりの囁きに耳を直接くすぐられた上、その言葉でまだ新しい記憶に導かれてしまう。
今朝もここで、意味深にからかわれたことを思い出し、カッと頬が火照るのをバッチリ見られてしまった。
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