侯爵令嬢は殿下に忘れられたい!


間もなくしてお茶会の準備が整うと殿下の近くに座ろうとご令嬢達が圧のある笑顔を浮かべながらお互いを牽制して席を奪い合っている。

次失敗したら、今度こそ終わる。

ご令嬢たちとは別の意味で戦場にいるような気分のクラリスは一番殿下に遠い席を選ぶ。

ご令嬢たちの牽制にも気付いていないのか、殿下は微笑みを浮かべて静かに座って待っている。

さらさらの黄金の髪に整った顔。
裏表のなさそうな笑みで性格も良さそうである。

クラリスは一番遠い席を良いことに殿下を観察する。

背も高く、まさに理想の王子様。
身分だけでなくルバート殿下だからこそご令嬢達は必死になっているのだ。

確かに殿下が殿下でなければ私も恋をしていたかもしれないわね。

そんなことを考えていると、殿下の挨拶と共にお茶会が始まる。

来て早々やらかしたが殿下に一番遠い席だし、私に攻撃してくるご令嬢もいないはずだ。

それどころか殿下に遠い席に座っているご令嬢達もまたクラリスのように手紙が来たから仕方なく参加したらしく、その仲間意識からか話が弾み思ったより楽しいお茶会となった。


途中で帰るつもりが結局お開きの時間までいてしまったわ。


帰りは1人ずつ殿下に挨拶して帰る。
クラリスは一番遠い席に座っているので一番最後だ。

さっきのことは不問にしてもらったのだから、ちゃんと挨拶して帰らなければいけないわね。

殿下は婚約者候補は絞れたのかしら。
ここにいるご令嬢の中から未来の王妃が決まるのよね。

私の家と仲のいい家のご令嬢だといいけれど…


「これをどうぞ」

手渡されたのは一輪の薔薇。
まさか殿下から頂けるなんて…本当に優しい方だわ。

「ありがとうございます」
「今度、二人で会いたい。ダメだろうか?」

クラリスは微笑んだまま固まった。

殿下と二人で会うというのはつまり婚約者候補に選ばれたってことじゃ…

でも今日初対面で無礼を働いた私を婚約者にしたい?

じゃあ別に話があって会いたいのかしら?


頭をフル回転させて理由を必死に考えるもわからない。

とりあえずクラリスが言えるのは、

「よ、喜んで」

肯定の言葉だけ。

殿下のお願いはもはや命令だ。
断れる人なんてこの世にいるのだろうか。

このままじゃまずいわ。
もし婚約者候補になったらドロドロな王妃争いに巻き込まれて私の平穏な生活は終わってしまう。

万が一のためにも殿下には私のことを忘れてもらうしかない。

ごめんなさい、殿下。

クラリスを覚悟を決めてジッとルバートの瞳を見つめる。

そして視線が交わった時にそのまま相手の記憶の中で自分の忘れさせたい記憶をハサミで切るようなそんなイメージする。

そうすれば相手は自分のことを忘れてくれるのだが、

「どうした?そんなに私のことを見て」
「…いえ。何でもありません」


どうして…

能力が使えない。
もやがかかったように相手の記憶が浮かんでこない。

こんなこと初めてだ。

きっと今のは調子が悪かっただけ。
もう一度やれば上手くいくはず…

そう思い挑戦してみるも、やはりうまくいかない。


「殿下、そろそろ次の予定のお時間です」
「わかった。ではまた近々会うのを楽しみにしているよ」

何も知らない殿下は爽やかな笑みを浮かべて去っていく。


クラリスは呆然とその背中を見ることしかできなかった。

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