”わたし”のピアノ
第2章 出会い
 いつもなら午前から午後にかけて、やや失速気味になる仕事の手が、有給明けの今日は、逆なものだった。

 朝一から、どうにも進みが悪い。
 理由ならはっきりとしている。

 祖父のことだ。

 昼前に祖母の家を出て、母を家まで送り届けてから現自宅へと帰って——それ以降、ずっとこんな調子だ。
 昼食も夕食も、風呂すら忘れて、僕は祖父のことを考えていた。
 祖母や母の発言、そして祖父の表情や声が頭から離れなかった。
 こんな感覚、祖父が亡くなった後の脱力期間にもなかった。

 それだと言うのに。

「だからよ、あそこんところはもっと、こう——ドーンと盛り上げた方が良いと思うんだよな。っておい、聞いてるか?」

 同僚その一。見た目は爽やかで顔も良い、しかし残念ながらラノベ作家志望で根っからなオタク、いわゆる残念イケメンこと足立優斗が、やや憤慨気味に言う。
 珍しくも昼食に誘われたかと思えば、席に着いてからこっち、ずっとその話だ。

 何でも、新作の感想及び案を聞きたいのだとか。
 知った事ではない。が、まぁよく色々なことに気が付くし、悪いやつではないこいつのことだ。わざわざ気を遣っているということもないだろうが、少なからず様子が変なのだろうと思ってのことだろう。
 祖父の葬儀後や他にも、似たようなことがあった。

 とは言え、

「なんつーんだろうな。やっぱり、昨今失われつつあるカッコいい必殺技! あとその名前は入れときたいところだよな!」

 女性社員から噂が立つ可能性を気にして、極力俺がオタクであることは秘密な、なんて真面目に言っていたくせに、スイッチが入った途端これだ。

 周囲の目なんて、まったく気にしていなではないか。

「ユウ、うるさいぞ」

「あ? 何が——っと、おぉ、悪い悪い」

 注意してやると、すぐに気付くのだが。
 軌道修正役も、楽ではない。
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