【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
第1章 邂逅
 記憶堂。

 そんな札の設けられた小さな建物を見つけたのは、引っ越したての初日は夕刻、せっかくだからと、新しい住居の周りを散策している時だった。
 こんなところに抜け道が、ここには裏道が、路地が――と、あれやこれやと視線を巡らせながら見つけた細い道を抜けた先に、それはひっそりと、しかし確かな重量感を以って構えていた。
 大学入学と同時に単身都会へと出て来て、アルバイトなんかも探さないとな、と思っている矢先だったものだから、古ぼけた木の扉に小さく掲げられていた《助手募集中》なる文言は、もはや運命とでも呼ぶかのように、僕の足を自然とその中へと誘った。

 カラン、コロン。

 少しばかり鈍ったベルの音が耳に届く。
 短く響くと、それは余韻も残さないで、電気一つ点いていない薄暗い空気に溶けた。
 そんな、店内と表現していいものやら怪しい、怪しくも温かい建物の中は、あらゆる本が積み重なっており、古書店然としている。

 積もり積もった埃、強く鼻を刺激する古本の香り。
 実家を思い出して不思議と嫌ではないけれども、しかし助手を要していると言うのであれば、この内装は如何なるものだろうか。
 せめて歩くスペースくらい、とでも言わんばかりに申し分ない足の踏み場だけは空けてある為、棚や机の上ばかりが、返って悲惨なことになってしまっている。

 隠れた観光地。
 世界の絶景何選。

 そんな内容の本ばかりが山積している。

 それら古本の数々を横目に、中へ中へ。
 突き当たった壁のすぐ横に、一つの扉を見つけた。
 何を疑うでもなく、その扉のノブに手を掛けた、その時だった。

『どちら様でしょう?』

 扉の向こう側から、透き通った綺麗な声がそう言った。
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