【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
 しかし、これが何だというのだろうか。僕からすればこの人は、ただの少し色っぽい大人の女性にしか見えない。
 このちょっと変わった《色が視える》という状態を知った今までの人たちは、一体どんな反応を見せたと言うのだろうか。

 どちらかと言えば、それに憤りさえ覚える。
 そのちょっと変わった側面だって、その人の魅力の一つでしかないというのに。

「宇宙って、とても広いですよね」

「え、宇宙ですか――また唐突ですが、ええ、まあ。広いですね」

「太陽系だけで考えても、一生かけてもとても回り切れるものではないというのに、それが今なお拡がり続けているというではありませんか。変わっている、と言うのも、大人数の中で考えた、ただ割合が少ない方だというだけの話です。高々人間の、それも日本人の、一県の中、今の状況で言ってしまえば、ここには僕と貴女しかいないんです。そのたった二人だけの背比べに、何の意味がありましょう?」

「それはそうかも分かりませんけれど」

「物は考えようだって話です。一個の同じ星の上にいる僕らです。その相手がちょっと変わってるって、それはもう変わってないのも同然ではありませんか? 向かい合っているのが猿なら? 犬なら? 人の言葉をまねることの出来るインコなら?」

「そ、そんな無理矢理な…」

「そうですか? わざわざ他人という、そも自分とは違う相手を持って来て比べて、自分が、なんて思っている方が、無理矢理だと思いますけれど」

「むむむ……当然のように言わないでくださいよ」

 眉間にしわを寄せつつ、大きく溜息を吐いて珈琲を一口。
 何度か舌の上で弄んでから喉へ送ると、また優しい笑みに戻った。

「ものは考えよう――なるほど、その通りかもしれませんね。そんな考え方が出来るからなのでしょう、神前さんが透明なのは」

「昔、近所に住んでた女の子が、その子にしてみれば大きな悩みで深く考え込んでいたことがあって。その時に、似たような話をしたんです」

「まぁ、そうだったのですね。しかし、やっぱり突飛な考え方ですよ」

「人とは違うものの見方が、貴女の言うところの《色が視える》と同じ、僕の変わったところということで」

「それは――ふふ、何だかちょっと、嬉しいですね」

 窓から差し込む夕日の所為か、仄かに赤らんだ頬で笑みを向けられると、少しばかり心臓が速くなってしまう。
 言葉に詰まった時には飲み物を。と、口まで持ってきたカップの中には、もう紅茶の一滴すら残っていなかった。

 代わりに、向かいでは「おかわりでもいかが?」と言いたげに、また悪戯な表情を浮かべた桐島さんが、ティーポットを持ち上げて揺らしている。
< 12 / 98 >

この作品をシェア

pagetop