【完】桐島藍子の記憶探訪 Act1.春
 呆気に取られていると、桐島さんの方からは盛大な溜息が聞こえて来た。

「もう……昔からああなのですよ、あの方は。私が大学生の時分には、既にここでお店を。マスターの堺さんです」

「何と言いましょうか、楽しい人ですね…」

「意地が悪いです…!」

 ふんふん、ふんすと聞こえてきそうな程の勢いだ。
 これは話題を変えなければいけなそうである。

「き、桐島さんは随分と小食なんですね……サンドイッチだけで足りますか?」

「あら、女性に大食いを希望ですか?」

「意地が悪いのは貴女も同じだ…! それだけでお腹が膨れるのかなって、単純な疑問ですよ!」

「ふふふ、分かっていますとも。答えとしましては、イエスです。理由はおのずと分かりますよ」

 わざわざワンクッション入れないで頂きたい。
 僕からすれば貴女は、あのおじさまと大差ないと言うのに。
 昨日の数時間、そして今日との付き合いで、桐島藍子という人物像が見えて来た気がするな。

 どれも、この人が自分で勝手に晒しているようなものだけれど。
 見た目にはクールそうだが、基本は天真爛漫、無邪気と言った感じだ。大人っぽい雰囲気を損なっている訳ではないけれども、興味のあることには子どものように目を輝かせ、興奮する。言葉遣いが丁寧なお陰で、ギリギリそのラインは保っているけれど。

 そして、僕を弄る時には、心底楽しそうな表情を浮かべる。
 今までの生涯で唯一の透明人間だということだが、それにかこつけて、興味を爆発させている気もするな。
 悪気の元に行っている訳ではないと信じたい。
 そんなことを考えている内、早くも注文した品が揃って運ばれてきた。

「君がこれとこれ、で藍子ちゃんがこっち。以上で合ってるね」

「ええ。ありがとうございます、早くカウンターに戻ってください」

 頬を膨らませてそっぽを向く桐島さんの鋭い一言がぐさりと突き刺さる。

「厳しいなぁ。ごゆっくり、何かあったら呼んでね。それじゃあ」

 短く言い残すと、マスターはカウンターの方へ。

「いくら何でも手厳し過ぎませんか?」

 マスターさんの姿を見送って、小声で尋ねてみた。

「あれくらいの小言は寧ろご褒美くらいにしか思いませんよ。お支払いせずに出ましょうか」

「あなたまで何言ってるんですか」

「勿論、冗談です。はぁ…いただきましょうか」

 疲れているご様子のところ申し訳ないのだけれど、それは僕の方こそ見せたい反応ですよ。
 両の手を合わせて一拍、桐島さんの眼前にあったそれが目に入る。

「すごい豊富な具材の量と種類だ。なるほど、腹が膨れると言っていた理由はそこでしたか」

「健康と満足性を兼ね備えた一品です。料理に関してだけは、本当にそれだけは、堺さんの尊敬する面です」

「強調するんですね、そこ。さて、じゃあ僕もいただきます」
< 19 / 98 >

この作品をシェア

pagetop