あなたのそばにいさせて
1.
 


 元木課長は、武装している。

 武装……戦闘のための装備をつけること。また、その装備。

 課長の武装は『鉄壁の微笑み』。
 仕事中は常に装備。真顔の時もあるけれど、基本的にはこの微笑みのままだ。

「藤枝、さっき送ってきた資料、もう一回」
 課長が、微笑みながら、自席からちょっと低めのいい声で、私に言う。
「もう一回、ですか」
 私も自席についたまま返事をする。
 特に呼ばれなければ自席のままでいいのだと、最初に言われている。移動する時間がもったいない、という課長の方針だった。

「いろいろあるから、赤入れといた」
 微笑みは崩さないままのダメ出し。
 余計にキツい。

「今日、1時半に出かけるから、それまでに」
「……はい、すぐやります」
 ショックを隠さずに頭を下げる。
 社内メールを確認して、開いてみる。

 ああ……直すところ多いな。ていうか細かい。いや違う、私が大雑把だったか。
 でも、これは課長がきちんと見てくれている証拠。ありがたやありがたや。まだまだ頑張らなくては。

 課長は、他の人にもバシバシ書類を返していっている。

「黒田、この書き方だと先方の意図と違うって言われるぞ」
「木村は、誤字脱字、多過ぎ。最後に見直しをもう一回増やせ」
「鈴木の資料は表ばっかりだな。かえって見づらい。一緒にできるのはチェックしておいたから」

 やっぱり微笑みは崩さない。だから余計に怖いのはみんな同じで、素直に直していく。
 しかもそのチェックは正確、適切で、無駄がない。そりゃあ誰もなにも言えないのだ。

 隣の席の2つ上の先輩、小山田さんが小さい声で話しかけてきた。
「遥ちゃん、今日お昼一緒しよう。情報あるよ」
「わ、ありがとうございます。是非」
 なんてことをやっていたら。
「小山田、この表、数字がおかしいぞ。数式確認してみろ」
 課長の、いい声が飛んできた。
「はいっ、見てみます」
 小山田さんは返事をして、パソコンに向き直る。
 ディスプレイの陰に隠れて、私に向かってウィンクした。私は笑顔で返す。
 さて、課長がチェックしてくれたところを直してしまおう。量があるから、のんびりやってると1時半に間に合わない。
 私は、一度課長の姿を遠目で拝んでから、パソコンに向かった。


 小山田さんの言っていた、情報。
 それは、元木課長に関すること。
 私、藤枝遥は、元木課長のファンだ。2年前の入社当初から憧れている。



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