社長宅の住み込みお掃除係に任命されました
 私は慌てた。だって、翌26日に敷金礼金などを振り込んで、マンションの正式な賃貸契約を交わすことになってたから。

今、口座凍結されたら、契約できない。
週末には引っ越し業者を手配してあるのに。

 私は、すぐにそのURLをクリックして、口座凍結を解除した……はずだった。

 それが、間違いだと気付いたのは、翌日、敷金礼金を振り込もうとした時。私の口座には325円しか入ってなかった。

 フィッシング詐欺に引っかかったと気付いた時には、私は全財産を失っていた。


どうしよう。

 私は、不動産屋さんに事情を話したけれど、聞き入れてはもらえず、新しいマンションの賃貸契約はできないと言われてしまった。


 それなら、と、私は大家さんのところへ行った。

「大家さん、今週末の引っ越しなんですけど」

私が話しかけると、

「ああ、そうそう。
 紗世(さよ)ちゃんが、引っ越すって話を孫に
 したらね、来週からここに住むって言って
 くれてね」

と大家さんはとても嬉しそうに教えてくれた。そんな状況で、まさかやっぱり引っ越しませんとは言えない。

「それは良かったですね」

私は笑顔でそう言って大家さんの部屋を後にした。

どうしよう。


 引っ越し料金は、前払いでもう払ってある。でも、行き先がない。そこで思い出したのが、会社の仮眠室だった。

 引っ越し業者をキャンセルして、代わりにリサイクル業者を呼んだ。家電、家具などの家財道具を全て売る。けれど、使い込んだ家財道具は、全部足しても2万円にしかならなかった。

 引っ越し業者をキャンセルして戻ってきたのが3万円。元々財布に入ってたのが5千円。

 私は、次の給料日まで、5万5千円でホームレス生活をしなければいけない。

 服は春夏物だけ鞄に詰めて会社の更衣室のロッカーに詰め込んだ。スーツが5着あれば何とかなる。下着類は週末にコインランドリーに行けばいい。

 かさばる冬物の衣類は、箱詰めにして実家に送った。……着払いで。お母さんは怒ってたけど。

 でも、まさか、詐欺にあって一文無しなんて言ったら、せっかく正社員になったのに、帰ってこいって言われるに決まってる。

 だから私は、
「ごめん。引っ越しでいろいろと物入りなの。
 今度、帰った時に返すから」
と言い訳をした。


 朝食200円、昼食500円、夕食500円、銭湯500円、合計すると毎日1700円必要。自炊できるキッチンがあれば、もっと食費を切り詰められるのに……

 この計算だと、30日で5万千円。コインランドリーが一回、洗いと乾燥で700円だとすると、4回で2800円。これ以上、余計な出費さえなければ、生活できなくはない。

 私は、そんな計算のもと、夜の会社に潜り込み、仮眠室で生活をすることにしたのだ。
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