その上司、俺様につき!
「―――っ!?」
初めて見るその表情に、心を踏みつぶされたような衝撃が私を襲う。
(な、何……? 何なの、その顔……?)
「じゃあ、お言葉に甘えて、またお伺いしても大丈夫ですか?」
「ああ、構わないよ。もし急ぎのようなら、特に事前連絡も必要ない」
凄まじい疎外感だった。
私がここにいてもいなくても、どちらでもいいような居場所のなさ。
「そう言ってくださると嬉しいです……!」
ホッとした表情で桜井さんが胸をなでおろすのを、久喜さんが穏やかに見守っている―――。
その眼差しには、まるで愛おしい恋人を見つめているような暖かさがあった。
なだめたはずの心が、またザワザワとざわめき始める。
(ここは私の居場所なのに……)
黒い感情が体の奥で次々と吹き出すのがわかる。
止めようと思っても止まらない。
(どうして……)
かろうじて立っていた薄氷の上。
それが何者かによって、外側から乱暴に破壊されていくような感覚だった。
(……どうして私には、そんな風に笑いかけてくれないの?)
「―――遠藤さん?」
そのまま漆黒の沼に溺れてしまいそうになったが、桜井さんの呼びかけでハッと現実に戻る。
「お、お疲れ様です……!」
ひきつる口元を、とっさの笑みでなんとか隠した。
「……大丈夫ですか? なんだか顔色が悪いですけど」
「え? そ、そうですか?」
「熱っぽいとか、気分が悪いとかはないですか……?」
彼女に親切にされればされるほど、自分の醜さを突きつけられるようでいたたまれない。
「え……えっと……」
どう返事をすればいいのかすら、もうわからなくなってしまっている。
営業部にいた頃は「プレゼンでどんな指摘を受けたって、その場のハッタリで必ず返す」と自信を持っていたのに。
このザマはなんだろう。
「……気分は、別に」
この場所にいてもいなくてもどうでもいい存在なら、いっそ自分から消える道を選びたい。
何よりも、桜井さんが久喜さんに私のことを相談している姿を、これ以上ここで見ていたくはなかった。
(全部私が早とちりをしていただけ。大丈夫。ただ、ちょっと食事に誘われて勘違いしちゃっただけ。ちょっと優しくされて、舞い上がっただけ……)
彼女の「遠藤さんの具合が悪そうだ」という指摘に、次第に表情を曇らせていく久喜さん。
(ただ、それだけ―――)
彼の表情が変わっていく様子を、これ以上この場所で見ていたくなかった。
一番近くで見つめてきた場所だったからこそ、もう耐えられなかった。
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