【完結】私に甘い眼鏡くん
また後でと言ったにもかかわらず、話してこないまま一日が経ち、一週間が経った。

少しひっかかっているけれど、なんだかいやな予感がしてならない。だから話す機会もなく安心している。

今日はなっちゃんの部活が久々のオフで、一緒にウインドウショッピングを楽しむ予定だった。しかし部活仲間にカラオケに誘われたようで、泣く泣く帰り道を一人で歩いている。


「望月―!」


後ろからの呼びかけにぎょっとして振り向いた。


「……春川」


私の横で急ブレーキ。器用に降りる。


「帰りだよな? 一人? 一緒に帰らね?」
「別にいいけど」


そのまま歩き出す。
ちょっと考えただけで運悪くこのざまだ。やはり春川は宿敵。空気の読めないやつめ。


「歩くの速いな」
「普通です」
「でた、普通」
「うるさい」


もう、なんで絡んでくるかな。早く駅に行こう。


「この前言えなかったやつの続き」
「別に話してくれなくていいんだけど」
「お前東雲のこと好きだろ」
「は?」


私の発言など完全に無視した上でまたこれ。
しかも今度は好きなの? って、疑問形じゃない。断定だ。


「ずっと見てんじゃん。東雲と話してるときめちゃくちゃ生き生きしてるし」
「いや、待って待って」
「なんてったって言葉遣いが違うよな。俺のときとは比べ物にならないぐらい丁寧」
「まあ確かに春川に対しては随分荒い口調だとは自分でも思うけども」
「どこがいいんだよ、あんなやつ。根暗でぼっちだぞ? お前とは違うじゃん」
「……東雲くんは、そうやって他人を卑下するようなこと言わない」


春川のこういうところが好きじゃない。

今年知り合ったばかりだし、そんなに彼のことは知らない。
『普通』にしていればおちゃらけたムードメーカーで接しやすいと思う。

しかし、他人、というか東雲くんを見下す発言がときたま目立つ。そんなに他人を落とさなくたって、春川は十分できた人なのに。


「別に暗くもないよ。勉強だってできるし教え方上手いし。
確かに運動はあんまりできないかもしれないけれど、人間一つくらい苦手なことってあるじゃん」


むしろ運動があまりできないのはギャップ萌えの類だと思う。
萌えてる人、見たことないけど。


「……は、ベタ惚れかよ」
「ベタ惚れとかじゃなくて、本心言ってるだけだよ。なんか文句あるの?」
「ある」


顔を見られたくなくて、春川より少し前を歩いていた私。
腕を掴まれてバランスを崩しかけた。


「なにすんの、危ないじゃん」
「俺、望月のこと好きなんだけど」
「……え?」
「その望月が東雲が好きってんなら文句しかない」

「いや、待ってちょっと状況把握が……」


さすがに冗談が過ぎる。だって、どう考えても春川はなっちゃんと良い感じだし、何より私は春川に好かれるような思い出が全くない。

彼の考えていることが即時理解の範疇を超えていて、いつの間にか私は混乱に乗じたものすごい早歩きを披露していた。


「なあ望月、好きだって」
「さすがに軽すぎる」


誠実さの欠けらもない告白なんて信じられない。信じられるわけがない。


「嘘でしょ? 春川が好きじゃない東雲くんのことが好きな女なんて存在させるわけにはいかないからでしょ?
その手にはのらないからね、私は東雲くんのいいところ知ってるんだから」


あーあ、と春川。


「やっぱり望月は頭いいわ。その通りだよ。俺は東雲がリア充なんて気に入らねえ。だから望月に諦めさせようと思った」
「東雲くんにどんだけ恨みがあるのよ……」


親でも殺されたのか。


「とりあえず、俺はお前のことが好き。わかった?」
「え、その設定続くの?」


そう言っているうちに駅に着いた。


「じゃ、俺自転車置いてくるから、またな」
「うん、明日ね」
「それと、俺の名前太一だから」
「はあ? 知ってるけど」
「そう呼べよ、彩」
「……!」


じゃーな、と去っていく春川……太一?
フルネームみたいになってしまった。

なんだあの男。何を考えてるのかさっぱりわからない。

……東雲くんが嫌いなのは、わかった。

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