【完結】私に甘い眼鏡くん
始業式や担任の紹介を終え、慣れない雰囲気が残るホームルームも解散となった。

緊張しているのは私だけかもしれないけれど。

なっちゃんとお昼を食べてから帰る約束をしているので、顔見知りのクラスメイトに挨拶もそこそこ、教室を出る。


「みんないい人そうでよかった、さすが少しだけ頭の良いクラスですな」
「自分たちでいうのもなんだけどね」


私たちの高校は少し特殊だ。スポーツ名門の私立だけれど、特進クラスもある。

特進クラスを文系理系と分け、さらに各専攻、一年次の成績が良い順に二十人ずつが集められた、特進の中の特進。これが私たちの所属する『十組』。

要は少人数授業を行いやすくし、かつ担任という人件費を削減した結果がこれだ。
私達は文系で選抜された。


「それにしたって、担任が理系の先生なのはなー。しかも化学でうちらと関わりないじゃん。進路指導もあるのにさー。 彩、なんとも思わないの?」
「うーん、でもまあ、仕方ないよね」


ぼやいていても、変わるわけじゃない。大事なのは関わりのない担任じゃなくて、同級生だし。特に文系の。


「ま、見たところそんなに悪くないカンジだし? 安堵の昼食いきますか!」
「ごー!」


下駄箱ゾーンに響く私たちの声。やけに高いテンションで会話していたことに気付き失笑する。


「おい」
「うわああ!?」


ふいに後ろから声をかけられた。全く人の気配を感じていなかった私は虚を突かれ、大声を出してしまう。その場にいた全員がこちらを見たが、次の瞬間には何事もなかったような顔で歩き出す。

‥‥‥ああ、またやってしまった。


「大丈夫か? 急に声かけて悪かった」
「あ、いえ、ううん、大丈夫」


反射的に謝りながら振り向くと、そこには無表情の東雲くんが立っていた。
思いもよらない人に声をかけられたことを自覚した心臓が、ワンテンポ遅れて酸素供給のペースを速める。


「これ」


固まる私の前に差し出された。シンプルなパスケース。


「彩の定期じゃん」


なっちゃんが受けとって名前を確認する。


「なんであんたが?」
「今さっき教室に落としてった。じゃ」


東雲くんは下駄箱前を陣取る形で立っていた私たちを軽くよけると、そのままスタスタと歩いていく。


「あ、ありがとう!」


後ろ姿にそう声をかけると、こちらを一瞥し、「気を付けろよ」とだけ言った。


「彩、話せたね!?」
「え?」
「男子と!」
「う、ううん?」


これが話せていたにカウントされるのかは謎だが、どうやら私は東雲くん、というか男子と、話すことができたらしい。
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