【完結】私に甘い眼鏡くん
ロッカーは少し混雑していて、まだスクールバッグを出せないと考えた私は廊下の壁に寄りかかった。

すると、二歩ほど先に同じように考えたであろう東雲くんがスマートフォンをじっと見ている。昨日のことをお礼しようか、係のことを言おうか、数秒迷った私は声をかけてみることにした。


「東雲くん」


私と違って眉一つ動かさず顔を上げた東雲くんは、なにも言わない。
私のことを知らないのか、見えてないのか、不安になった私がそのまま黙っていると、「どうした?」と聞いてきた。今度は怪訝そうな顔をして。


「あ、私、望月と言いますが」
「知ってるけど」


ますます不思議な顔になった。そうか、私のこと知ってるんだ。そうだよね、去年同じクラスだったし。定期届けてくれたし。でもちょっと意外。


「昨日、ありがとう。定期」
「別に、あれは当たり前だから。ありがたがられることじゃない」
「そ、そうかなあ‥‥‥。あ、あと、修学旅行係、よろしくね。二人部活やってるし、私たちが頑張らないといけないかもしれないから」


そうか、と一言。何かを思案する表情のまま、東雲くんは黙り込んでしまった。


「面倒だな」


突然話し出されたことに驚いて、つい肩が跳ねる。


「め、面倒ってなにが?」


難しそうな顔をしている彼に恐る恐る問いかける。
別に怖い人ではないことはわかっているのだけれど、身長の高さや落ち着いた空気感が私を緊張させる。多分、慣れだよね。慣れてないだけなんだよね。

心で言い訳している私をよそに、東雲くんは口を開く。


「修学旅行係を決めていたとは知らなかった」


衝撃の一言に、私は思わず気の抜けた声を出す。


「しかも二人が部活が忙しいとなると、早く帰れないな」


私はぽかんとしてしまった。
下校時間が遅くなることを懸念していたの? こんなに難しい顔をしながら?
緊張していた自分が面白くなってしまって、笑いだす。


「どうした?」


困惑した東雲くんを見て、さらに笑ってしまう。


「すっごい深刻な顔してたから拍子抜けしちゃった。いいよ、私がやればいいし、東雲くんが早く帰っても問題なし!」
「いや、なってしまった以上は俺に責任があるから。望月、よろしく」


見た目通りの真面目さだった。こちらこそ、と返すと、東雲くんは「じゃ」とその場を去った。

いつの間にかロッカーの人口密度はだいぶ低くなっている。
綺麗な顔の眉間に眉を寄せ、難しそうな顔をしていた彼を思い出す。
自然と口角が緩む顔を引き締めて、スクバを肩にかけた。

きっと二人は東雲くんのことを誤解している。

彼は、悪い人ではない。
いい人かは、まだわからないけれど。

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