痛み無しには息ていけない
自分は喋ろうと口を開いて、頬の痛みに思わず口を閉じ、しかし説明しようと再度口を開く。


「…今朝起きたら出来てた」

「昨日寝る前にはありましたか?」

「無かった」

「……また見たのか」


吉田さんが小さく呟く。
その言葉が聞こえているのか聞こえてないのか、沙織は何も言わない。
……あれ?自分あの話、吉田さんにしてたっけ?楽しくなる話じゃないし、誰にでも喋って良い話だとも思えないから、簡単には話さないようにしてるつもりなんだけど。
吉田さんが優しい顔で、自分を見る。


「……痛いですよね。小さいとはいえ、そんなにいっぱい怪我しちゃったら」

「いや」

「おーい!今日のポジション、割り振るぞー!!」

「はーい!」


吉田さんの言葉への返事を探そうとして、とりあえず相槌だけ打ったタイミングで、渡辺さんの声が響く。
沙織が返事して、椅子から立ち上がった。手を差し出してくる。


「ほらマコ、大丈夫?立てる?」

「……大丈夫」

「キツい時はすぐに言うんですよ。俺から渡辺さんに話しておきますから」

「…ありがとうございます」


沙織と吉田さんの優しさが沁みる。
自分は沙織の優しさに甘えて、差し出してくれているその手を取った。沙織はそのまま、立ちやすいように引き上げてくれる。


「…行こう」


沙織は自分から手を離す事は無く、そのまま渡辺さんの所に向かった。
その手は温かく、歩くペースは気遣ってくれているのが分かる。
一足先に渡辺さんの話を聞いていた吉田さんが、こっちに振り向いた。


「今日、俺と小川さん、一緒に検品です」

「分かりました」

「…吉田さん、マコを宜しくお願いします」

「了解です」


渡辺さんの指示は、まだ続いている。
吉田さんは自分にだけ聞こえるような小声でそっと言った。


「無理しないで下さいね。俺は、痛い時は痛いって、言って良いと思ってますから」
< 31 / 56 >

この作品をシェア

pagetop