痛み無しには息ていけない
「また興奮して鼻血出して、高橋に迷惑かけんなよー。……あ、高橋と言えば」


クスクスと笑いながら話してた渡辺さんの顔が、ふと真顔になる。


「アイツ、疫病治ったってよ。この週末でこっち戻ってきて、来週から出勤出来るってさ」

「うわー!良かったー!!」


沙織が回復するのなら、一安心である。
懸念材料が、また一つ減った。
缶チューハイを傾けたら、残りが少なかったようで、すぐに飲み干してしまった。
新しい缶を開ける。2本目。
さすがにちょっと酔いが回ったのか、どうでも良いような愚痴っぽい話を聞いて欲しくなった。


「…そういやさー、聞いて下さいよ。どーでも良い話なんすけど」

「おぅ、どうした」


相槌を打ち、そのまま聞いてくれる渡辺さん。
吉田さんからの返事は無かったけど、それを“肯定”だと受け取り、自分はそのまま話し出す。


「こないだ学園モノの漫画読んでたんですよ。で、主人公が好きな人に“好きだ”って告ってて」

「はいはい」


普通に相槌を打ってくれる吉田さん。
…あぁ、やっぱ“肯定”で合ってたわ。


「それ読んだら、“自分は趣味でも何でも、好きって言葉を口にする事ねぇなー”って思って」

「うんうん」

「…そしたら何か、涙が出てきちゃいました」

「そうか。オマエもそういう事考えんのか」

「まぁ確かに、趣味以外で“好き”って言葉を口にするのって、あんまり無い気がしますよね」


自分は“言う機会があるわけないんすけど。人を好きになれないんだから。気持ち悪ぃんだもん”と、そっと呟く。
が、その言葉は渡辺さんと吉田さんの言葉に掻き消されたようで、誰にも届いてないらしい。


「……何か、こういうの聞くと、小川さんも女の子なんだなーって思いますよね」


吉田さんが何気ない感じで、とんでもない事を言ってくれた。
渡辺さんが驚いて、吉田さんを凝視する。
自分の耳を疑った。
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