忘れるための時間     始めるための時間     ~すれ違う想い~
初めて見る姿 ~高校時代~

# 未来side

#未来side

一年生大会が行われるのは高校から歩いて20分ほどの場所にある市営球場だった。
小さいころから野球とは縁の無かった私は初めて足を運んだ。

「広い…!」

応援席上段がグランドへの入り口になっており、そこから見下ろすグランドは芝生の緑が鮮やかで、グランド整備が終わり白線が引かれたグランドは本当にキレイで感動した。
グランドから吹き上がる風を深呼吸して思いきり吸い込んだ。

「あっ、光!」

唯がグランドの方を指差して言った。

集合準備をしに、いち早くベンチから飛び出して来たのは永井君だった。レガースを付けキャッチャーマスクは後ポケットに差してぶら下げている。背が高く足も長い、その姿は本当にかっこよくて目がクラクラとしてしまうほどだった。

それに続いて出てきた男の子がこっちを向いて手を振っているのが見えた。
東山君だった。

「達也はホンマに~チャラチャラしてから!これから試合なのになぁ」

唯があきれたように言う。

「まぁええが、それも東山っぽいけんえんじゃないん?」
亜紀が手を振り返しながら笑って言う。

私も、明るくて人を和ませる力のある東山君らしいと思った。

うちのチームは後攻だったようで挨拶のあとすぐに守備に着いた。
マウンドには東山君が立っていて、ピッチング練習を始めた。一球ずつ投げ返す時に「ええよ!達也、ええ球が来とる!」「ナイスボール!」など声をかける永井君。その声にいちいちドキドキしてしまう自分が少し恥ずかしくなる。

真剣な表情の東山君は思いの外カッコよくて、少し驚いた。

「プレイボール!!」

審判の大きな声が聞こえ、応援団の声が響きはじめた。東山君は汗をすっと拭う格好をしながらも、ピッチングの調子があがってきたようで真剣な中にも表情の固さがとれ、時に生き生きとした笑顔も見せる。

「みぃー 達也、かっこええじゃろ!」

唯が私の耳元でささやき、ウインクをする。

「あっ…うん。かっこええなぁ」

私は足元に目をそらしながら答えた。

「私が言うことじゃないかもしれんけど、いろんな人に声かけとったけど、多分ホントに来てほしかったのはみぃじゃと思うで…」

唯は攻守交代で巻き起こった拍手に合わせて手を叩きながら言う。

「えっ?!」

思いがけない言葉に頬が赤らむのを感じながらどう答えたらいいのかわからずぎゅっと手を握りしめた。足元から目線を上げ、永井君を目で追いながら…。

「みぃと達也、お似合いじゃと思うんよ~私。どう思う?達也の事…?」

グランドの方を見ながら続けて言う唯の顔を見ることができず、自分も試合を見る振りをしてグランドの方を向いていたが、なぜ突然唯がそんなことを言い出したのかわからず戸惑っていた。試合の内容は頭に入ってこない。

「…。」

唯は何と答えていいのかわからず黙りこむ私に、ふっと笑いかけた。
「急に言われても困るわな~ごめん、ごめん。」

そう言った後はもうその事には触れず亜紀と一緒に「おぉ!光ヒット!!すごい!!」「達也~バント失敗したらいけんがぁ~!しっかり!!」と声をかけながら試合に集中しているようだった。

私は永井君にときめく心を唯にばれませんように…と願いながらも目は自然と永井君を追っていた。そして、唯の言葉が時々頭をよぎり東山君の姿がまともに見れずにいた。

8回が終わり、1点リードで向かえた最終回。ここを押さえればうちのチームの勝利だ。
マウンドの上にはユニフォームの胸のあたりが真っ黒になった東山君が立っている。グローブを外し右手に持ち、左手を右肩に当ててさするような仕草をしながらふっとこちらを見上げた。

ドキン と胸が鳴った。

(唯が変なこと言うから意識してしもぉたがん。)

離れているのに目が合った気がした。


東山君はしばらくこちらの方を見上げていたが、きゅっと口を結びグローブをはめてプレートを踏む。永井君の出すサインにうなずいて、ゆっくりと振りかぶって投げた…

「…えっ?!」

誰もが息を飲んだ。

それまで荒れた球など投げなかった東山君のボールがバッターのはるか頭上を抜け、バックネットにガシャン!!と大きな音をたてて当たったからだ。

東山君はグローブで右肩を押さえながらマウンドにうずくまっている。

「達也!」

大きな声で呼び掛け、キャッチャーマスクを外して投げながら永井君が東山君に駆け寄った。

球場全体がざわつく。

担架がマウンドに運ばれた。かなり痛むのだろう、顔をしかめながらうずくまったままの東山君を担架に寝転ぶように促す永井君。

「救急車!」

誰かの声が聞こえた。

私は足が震え、両手を胸の前で握りしめながらその様子を見ているしかなかった…。

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