忘れるための時間     始めるための時間     ~すれ違う想い~

# 未来side

#未来side

混乱した頭で何とか自転車をこぎ、家にたどり着いた。
玄関でまだよちよち歩きの健がお出迎えしてくれる。小さくて柔らかい健をギュッと抱きしめると少し癒された。

でも…永井くんに抱きしめられた時の事を思い出し、また頭が混乱してきた。健を抱いた時とは全く違う感覚…。広い胸、細いけど筋肉質の腕…

「何でじゃったんかなぁ…」
呟く。

そしてその後、達也くんに会った。達也くんは何故か怒ったような顔をしていた。
詰め寄られ…肩に頭を乗せられ…
抱きしめられ…

思い出すだけて頭が混乱する。
決して嫌では無かった…でも…

「どぉしよう…。」

亜紀が部活を終え、家に帰る頃を見計らって電話をかけた。
一人ではとても抱えきれない。

「亜紀…いま、ちょっとええ?」

「ハイハ~イ!何?あらたまって」
亜紀の明るい声が電話越しに響いて少しホッとする。

「あんな…」ポツポツと自転車で怪我して永井くんが保健室に連れて行ってくれて、その後抱きしめられた事を話した。

「ひぇ~何それ何それ!みぃに脈あり?!」
興奮した亜紀の声がだんだん大きくなる。

「いゃ、でも、何も言われてないしなぁ…ちょっと弱っとるときって誰かに甘えたくならん?そんな感じかなぁ…」

「いや、そりゃぁ、好きじゃないとせんで普通そんなこと!」
亜紀が自信満々に言う。

「そんなこと…うぬぼれじゃわ」
亜紀と対象的に小さい声になる私。

「そおかな?で、その事を相談?」

「…いゃ、その後の事で…達也くんに…」
ますます小さい声になる。

「えっ?東山?東山に何かされた?」
亜紀が驚いて急かすようにたずねる。

「保健室出たら、達也くんがおって。何か怒ったような顔しとって…壁際まで詰め寄られて…」

「はぁ?何で?みぃに怒ったん?」
亜紀の声が低くなる。

「いゃ、肩に頭を乗っけられて…」

「えー?!達也までみぃに甘えてきたん?」

「いやいや、甘えてきたわけでは無いと…」

「ほんじゃあ何なん?」

「その後、耳元で…未来ちゃんがすっ…好きじゃ…って…」
恥ずかしくてうまく言葉にならない。

達也くんは私の肩に頭を乗っけたあと、耳元で「俺、未来ちゃんの事が好きじゃ。本気で。大切にしたいと思っとる。」
そう囁いた。そしてそのまま優しく抱きしめられた。

突然の出来事で何も言えずに抱きしめられるがままになっていた。きつく抱きしめてきた永井くんとは違い、優しく少し震えながらそっと抱きしめる達也くんを振りほどけずにいた。しばらくして少し離れ、顔を覗き込むようにして「俺と付き合って欲しい。」そう囁くように言うと達也くんの顔が近づいてきた…。

「…えっ」驚いて声をあげる。

唇が重なる寸前に「嫌なら逃げて」達也くんが囁く。

それでも動けずにいた私はギュッと目をつぶり少しうつ向く。
(どうしよう。どうしたらええん)

フッと唇に触れた感触が…?きつく閉じていた目をゆっくりとあけた。

達也くんが指で私の唇をそっと押さえていた。
「何で逃げんの? ごめん…俺あせっとった。」
そう謝ったあとまた優しく抱きしめてきた。

「怖がらせるつもりはなかったんじゃけど、気持ちが先走ってしもぉた。」
頭をポンポンと軽くたたいてから離れ、正面から向き合う。

「もう一回言うな。俺、未来ちゃんが好きじゃ。本気で。俺と付き合って欲しい。」

「…達也くん…。」
まだ戸惑いが強く、答えが思い浮かばない。
達也くんの事はもちろん好きだと思う。でも、それは…。

「返事は今すぐじゃなくてええけん。大会が終わったら…聞かせて。」

「…うっうん。」

「俺、背番号がもらえた。1番じゃ。応援してくれたら嬉しいなぁ。」達也くんは少し笑顔になり、そう言った。

「えっ、おめでとう!すごいすごい!」
思わず自分から飛び付きそうな勢いで達也くんを両手で揺すぶってしまった。

 達也くんは照れ笑いをする。
「ありがとう。あいつには悪いけと…1番がもらえたからには全力で頑張るつもりじゃ。じゃけぇ未来ちゃんにはちゃんと見とって欲しい。」
達也くんの真剣な眼差しから、告白は嘘ではないと感じた。
「うん。応援、行くよ。」

私も真剣に考えて答えを出そう、そう思った。




達也くんとのことも包み隠さず亜紀に話した。
亜紀は途中「えっ?!」とか「うそっ?!」とか相づちをうちながらも私の話を最後まで聞いてくれた。

「ふぅっ。東山がとうとう動いたか。」
亜紀がため息をつきながら言う。
そして
「ハッキリ言って、どうなん?告白されて」
思いきったようにたずねられた。

「うん…。嬉しかったよ。素直に。こんなうちの事なんかを好きじゃって言ってくれて。」

「そうかぁ…。」

「うん。そぉ。達也くんはうちにいっつも自信持たせてくれるような事を言ってくれて、優しくしてくれて…うちも達也くんの事は…好き…。」

「うん…ええやつよな、東山。」

「達也くんとおると安心するんよ。じゃけん、抱きしめられた時もドキドキよりもなんかこぉ…優しさが伝わるような…」

「うんうん。」
亜紀も納得したようにうなずきながら聞いてくれる。

「キッ、キスされそうになっても、ビックリはしたけど…それほど嫌じゃなかった気もするし…。」

「そっかぁ…。で、永井に抱きしめられた時はどうじゃったん?」

そう聞かれて心臓が飛び出そうになる。

「いや、そっそれは…ビックリとドキドキと…怪我して、背番号ももらえんで…辛そうにしとる永井くんを慰めてあげたいと思った。それだけ…。」
正直混乱していてよくわからなかった。1日のうちの短時間の間に二人に抱きしめられるようなこと、実際初めての経験だし。自分の気持ちが本当によくわからなくなっていた。
自分が好きなのは永井くんだと…思っていたけど…ただの憧れだったんかもしれん。そう思ったりもしていた。

「そっかぁ…。でも、何で突然告白してきたんかなぁ?怒ったような?顔で?」

「うん…それはうちもわからんけど…何でなんじゃろおなぁ。」

「うーん。背番号もらえてテンション上がって告白!とかなら怒ったような顔はせんよなぁ」亜紀が納得がいかないと言う感じて言う。
「それもそうかなぁって思うけど、うちが勝手に怒ったような顔しとると思っただけで、笑ってなかったけぇ…いつもの達也くんと雰囲気が違ったけんそう見えたんかもしれん。」

「うーんなるほど。さすがの東山も緊張しとった、かな!いつものチャラい感じじゃあ真剣さは伝わらんけぇな。」

「うん。うちも真剣に考えて答えを出す。」

「うん。そうじゃな。永井への好きの気持ちが本物なんか、東山への好きの気持ちがどんな好きなんか…まだゆっくり考えたらええと思うで。」
亜紀は、煮えきらない私の気持ちを尊重してくれている。ありがたいと思った。

「ありがとう。亜紀。」

「なんのこれしき!…話してくれて嬉しかったよ。じゃあ、また明日!」

「うん。また明日!」

電話をかける前より心が軽くなった。話しているうちに少し頭の整理もできた気がした。

でも、もうひとつ気になるのは…唯のことだった。
あそこにおったのが唯でもきっと同じように永井くんは抱きしめていただろうし、唯ならもっと気の利いた事を言って上手に励ましていただろう…。そう思ってしまう自分がいた。
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