忘れるための時間     始めるための時間     ~すれ違う想い~
驚き ~現在~

# 未来side

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「健(たける)!起きて~」

階段の下から二階で寝ている弟の名前を大きな声で呼んだ。

3年前両親が突然の事故で他界してから15歳離れた弟と二人で暮らしている。
弟は野球部の三年生。
今日は練習試合で5時半には家をでなければならないというのに、5時を回ってもまだ起きてこない。いつもなら起こさなくても起きてくるのに…。

「おはよう。」あわててかけ降りてきた弟はいそいで顔を洗いに洗面所に駆け込んだ。

夏の県予選大会がもうすぐだから練習も試合もスケジュールいっぱいに組んである。疲れもピークなのかも知れない。

毎日の暑さで熱中症になってはいけないので朝ごはんはしっかり食べてほしい。バナナヨーグルトジュースを作り、しらすと梅でさっぱり丼を作った。味噌汁も添える。これで朝からササッと食べれて水分補給、熱中症予防もバッチリだ。

洗面所から走って来た弟はガタガタと忙しなく椅子を引き、「頂きます!」と言うが早いかガツガツと食べ始める。

「今日、ねえちゃんも応援いくけん。頑張ってな!」美味しそうにご飯を食べる弟の向かい側に座り、そう声をかけた。

次々とさっぱり丼を口に入れる弟は「あひはほう」口に頬張りすぎてきちんと言葉にならないが『ありがとう』をきちんと言ってくれた。
もう高校三年生になるが反抗期らしい反抗期も無く、素直にいただきますやありがとうが言える、優しい子供に成長してくれていると思う。両親とも小柄だった。弟もそれに似たのか小柄で細い。笑うと無くなってしまう細い目は私に似たに違いない。 

「ごちそうさま!行ってきます!」
あわてて鞄を背負い出掛けて行く。自転車で思い切りとばして20分。集合時間にはギリギリ間に合うはず。

さて洗濯物を干して、掃除と食器洗いを済ませたら私も出掛けるとするかな。

今日の試合会場は弟の通う高校のとなりにある高校のグランドだ。
試合開始は9時の予定。弟は学校で朝練をしてから試合会場に向かっているはず。

8時半頃会場のグランドに着くと、ちょうど弟のチームがシートノックをしている所だった。
体の小さい弟は、体格のいい選手達に混ざって逆に目だっている。
ショートを守っている弟はすばしっこくキビキビと動いている。
(頑張ってるな…)そう思いながらベンチサイドに保護者が集まっている方へ向けて歩きだした。
校舎に添って作られている花壇にはひまわりの花が少し倒れそうになりながら咲いていた。このまま倒れてしまってはこの道を歩く人たちに踏まれてしまう。そう思い少ししゃがんでひまわりを起こそうとした、その時…

「ボールです!!」

鬼気迫る声が聞こえた。驚いて後ろを振り向こうとしたとき、大きな影が現れ私をかばうように引き寄せた。
顔のすぐ横を硬式野球のボールがシュッと音を立て通りすぎ、すぐそこの校舎の壁にゴンと当たり跳ね反る。
あまりにもボールが近かったことに動揺して体か震える。思わず固くつぶっていた目をそっと開こうとしたとき、ギュッと抱きしめられている事に気付いた。ハッとして思わず両手で口元をおおいながら助けてくれた人から少し離れた。

「大丈夫?」

聞き覚えのある柔らかい声が頭の上から聞こえた。

「…!? なっ永井君!!」

すぐ側に立ち、心配そうに眉をひそめて私の顔を覗き込むのは、永井君だった。

「後藤さん、大丈夫?ボール当たってない?」

永井君がかけてくれた言葉に答える前に

「何で?何で永井君がここに?」

そんな質問の声が口をついて出た。

ふっと微笑みながら
「その様子なら大丈夫そうじゃな。」
と優しそうに永井君が言った。

「あっ、うん。ありがとう。永井君のおかげで大丈夫だった。」

胸を撫で下ろしながらそう言う。でも、まだ胸はドキドキしたままだ。

「姉ちゃん!大丈夫?」

駆け寄ってきたのは弟だった。
ボールが当たりそうになったのが私だと気付いて駆けつけて来てくれたのだろう。

「あっ、健。姉ちゃんは大丈夫よ。それよりシートノックの途中で抜けて来て大丈夫なん?」

私の言葉に耳を傾けながらもさりげなく隣にいる永井君に目をやる弟。

その視線に気付き
「あ、さっき助けてくれたん。偶然なんじゃけど、高校の時の同級生の永井君。」
と紹介する。

弟は帽子を脱ぎ、丁寧におじぎをし
「姉を助けて下さってありがとうございました。」
とお礼を言う。

「大丈夫ですか?」

可愛らしい声が聞こえた。
振り向くと相手チームのマネージャーらしき女の子が立っていた。
150センチくらいで小さめだが、細身でスタイルがいい。小さい顔の顎の辺りでさらさらと揺れるボブがよく似合っていて、少し垂れ気味の目がとても可愛らしい。

「ユリ。」

永井君が名前を呼ぶとその子は「お兄ちゃん!」と永井君に呼びかけた。

…お兄ちゃん?!

ユリ と呼ばれたその子は私の隣に立つ弟に向かってペコリとおじぎをしてからあらためて私の顔を見た。

「ごめんなさい。うちのチームの選手がピッチング練習していて、暴投をしてしまったんです。お怪我はありませんか?」

申し訳なさそうに声をかけてくる。

「姉ちゃん…」
健が私の手を引いて少し自分の方に引き寄せる。

永井くんの両手がまだ私の肩をいたわるように抱いていたのに、その時初めて気づいた。永井くんが触れていた肩が少し熱い…

「だ、大丈夫です。うち、ちょっとぼんやりじゃから…ハハハハ」
三人の顔をチラチラと見ながら自虐的に言う。

「ホンマに気をつけて。じゃぁ、ありがとうございました。」

健は少しあきれたように言いながら両手で私の背中をぐいぐい押してベンチサイドに向かって歩き始めた。

こんなところで永井くんと会い、助けてもらうことになるなんて…驚きと少しの嬉しさで胸がドキドキしていた。健にその思いがバレないかとハラハラしながら…
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