忘れるための時間     始めるための時間     ~すれ違う想い~

# 光side

# 光side

球場の中に入りバックネット裏の席に座る。
灼熱の太陽に照らされてマウンドが熱気でユラユラして見える。

あそこにあいつが立っている姿を思い出していた。
体格は小さいがなぜかマウンドに立つとその存在感は大きかった。

優しさと強さと思いやりと気遣いと…あいつの全てがうらやましく感じて。嫉妬を覚えていた。後藤さんの事も、あいつならまた幸せにしてあげられるんだろうなぁ…
今日見た二人並ぶ後ろ姿が目の裏に焼き付いている。

あんな奴やめた方がいい!そう言えるような奴なら、俺も、俺が…と自信が持てたかも知れない。 だけどあいつは、男の俺が見てもいい奴だった。

「…暑っ。」呟いて額の汗をタオルでぬぐう。

「現役時代ならこんなん何でも無かったのにな~」
ペットボトルのお茶を差し出しながら達也が俺の隣の席に腰かけてきた。

ペットボトルを受け取り、お茶を飲む。冷たさで体がひんやりと心地よくなった。

「サンキュー。相変わらずよぉ気がつく奴じゃ。」ペットボトルで首筋を冷やしながらお礼を言うと達也がケラケラと笑った。

「惚れるなよ!」

「いや、惚れたわ。」
冗談に本気で返す。

「気持ち悪!男に惚れられてもな~」

「そんぐらいすごい奴じゃってこと。久しぶりに会った後藤さんの安心した笑顔見て、俺じゃあやっぱダメじゃって思った。」
本音がもれる。

うつむきがちにそう言った。

「はぁ? お前な、こっち向けや。」
苛立った声で言うので反射的に達也の方を見る。

達也は手に持っているペットボトルを潰しそうな勢いで握りしめ、呆れたような顔で俺を見ていた。

思わず目をそらし「まぁ、俺じゃぁ…ってこと」呟く。

前のめりになっていた達也はため息をつきながらドカッと座りなおし、やれやれと言うように頭をガシガシとかく。
「お前のな、そういうとこ、マジでダサい。前から思っとったけどな~」

ギクッ とした。

「自分では何もせずに相手の事ばっかり、まわりの奴の事ばっかり考えて…」

胸が痛くなるほどささる言葉だった。

そうだ。俺はまだ何もしていない。自分に自信も無いし振られる勇気さえも無い。

「達也の言う通りじゃ。俺、だせぇわ」
達也にもらったペットボトルで目の辺りを冷やしながら言う。合わせる顔が無い。

『大変お待たせしました。只今より選手が入場してまいります…』

開会式のアナウンスが爽やかに響き、それまで賑やかだった会場がにわかに静まった。

それっきり達也はこの話しに触れず、プラカードを持って歩くユリの姿に「可愛くなった!」と目を細めるだけだった。

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