Sky 第1話
晴れ渡った空。
春の陽気が気持ちよく、風に乗って流れてくる。
思わず空に向けて、カメラのシャッターを切った。
(あ...またやっちゃった...)
誰にも見られていないか確認しながら、カメラを鞄の奥に突っ込む。
丁度、親友が向こうから走ってくるのが見えた。
「華蓮(かれん)ちゃんごめん!遅くなった!」
私の親友、柚珠(ゆず)が息を切らして言った。
「いいよ全然。あたしも来たばっかだし!」
私は笑顔で答えた。


中学時代からの親友である私たちは、おなじ高校に受かり、この日入学する。
「部活、なに入る?」
「んーやっぱり吹奏楽かな」
柚珠は中学の頃から吹奏楽部に入っていて、全国で金をとりたいとずっと言っていた。
「そっか!がんばれ!!」
私が応援すると、柚珠はにっこりとして「ありがとう」と言った。
「あの...華蓮ちゃんは?」
電車の中、柚珠が躊躇(ためら)いがちに聞いてきた。
「あー...あたしはいっかな」
少しぶっきらぼうに答える。
「そっか...」
2人から笑顔が消える。柚珠は俯いてしまった。
私は中学の時、美術部に入っていた。
絵を描くことは好きだったし、賞も何度か貰っていた。

でも...あの日から、私は絵が描けなくなった。


クラスボードが下駄箱のすぐ側に貼ってあり、周りには新入生がずらりといる。
「あたし柚珠のぶんもみてくるし、柚珠はここでまってて!」
2人でいくと大変だろうと思った。
柚珠は頷いた。
私はなんとかクラス表をみようと、少し跳ねたりした。
だが、なかなか見れない。
(うぅ...むりむり、こんな人密集してたら暑っついし...)
その時、誰かの足につまづいてしまった。
(やばっ...!)
倒れる!と思ってぎゅっと目をつむった。
が、誰かに抱きとめられる感触がした。
そっと目を開ける。
「大丈夫?」
抱きとめてくれたのは、私より少し背の高い男子だった。
「わっ!ごめんなさい!!」
私は体勢を立て直した。
「ありがとうございました!」
ぺこりと頭を下げて、もう一度集団に戻ろうとした。しかし、パッと腕を掴まれた。
「まって!」
(え...なんだろ...?)
男子は少し躊躇って、言った。
「あのさ...また戻ったらこけるよ?どうせ跳ねても見えないんだし、諦めたら?」
その瞬間、私の中で何かが爆発した。
「...結構ですッ!助けて頂いたのはお礼を言うけど、こけませんので!!」
パッと腕を振り払って、ズカズカと集団に入っていった。
(なんなのよっ!あいつ、失礼なッ!)
ふんっ!と地団駄をならして、人の間をくぐり抜けていった。
なんとか見えた。
「よしっ...あ!やった柚珠とおなじ...!」
呟いて、心の中で威張ってやった。
(見えたもんねー!ふーんだ!)
跳ねていたのを見られた恥ずかしさと暑さで顔は真っ赤だったが、心はなんだか勇者の気分だった。


「なんかあんまし大したことないクラスだったなぁ」
放課後、廊下で呟いた。
「まあまあ、まだ初日だから」
柚珠が宥める。
私はそうだね、と返すと、うーんと伸びをした。
「はぁ、なんか疲れちゃった!部活見学は明日でいっかな」
放課後の部活見学は、入学式の日から自由とされている。
「柚珠はゆっくり見学してきたら?吹部とか」
「わかった。華蓮ちゃん、さき帰ってていいよ」
柚珠と別れると、私は廊下を歩いていった。
角を曲がった時、ふと美術室の前の集団を見かけた。
新入生たちだろうか。美術室に釘付けになっている。
(なんだろ...?)
ひょい、とのぞいてみた。
すると、今朝のあいつがそこにいた。
(え?あれ!?新入生じゃなかったの!?)
驚いて思わず叫びそうになる。
「あの人だろ?全国1位の天才少年って」
「そうそう。留年したらしいね」
「絵描いてたんだろ、きっと」
集団が喋っている。
(そうだったんだ...。全国1位...すごいな、あたしも目指してたなぁ)
ふと扉をみた。
〔美術部員募集中!!〕
と書かれた貼り紙が貼ってある。
その紙に触れそうになり、ぎゅっと腕を掴んだ。
あの男子は、相変わらず真剣に絵を描いている。
見てるのが辛くなって、私は思わずその場から離れていった。
ふと流してしまった涙を、誰にも見られないように。

第2話に続く
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