ウブで不器用なお殿様と天然くノ一の物語
私、平田灯里(ひらたあかり)は廣澤総合病院の院長秘書をしている。

現在26歳。


私の父はK大の医学部で教授をしていた。

医学部医学系は臨床と基礎に分かれている。
簡単に言えば、患者さんを診るのが臨床。
研究をするのが基礎だ。

父は基礎、薬理学の教授だった。

仕事中のことだった。
正確に言うと、定時は過ぎて、秘書が帰った後のこと。教授室で倒れたのだ。

脳卒中だった。
発見が早ければ助かった可能性が高い。
後遺症は残るけれど。

しかし、秘書が帰った後だったこと、その後、たまたま誰も教授室を訪ねなかったことで、発見が遅れた。

連絡が取れず、帰りがあまりにも遅いので、大学の守衛室に電話をしたところ、発見されたのは日付が変わる少し前だった。

そして父は帰らぬ人となった。

当時私は大学の4年生。

お嬢様育ちで、おっとりしたお姫様のような母には、受け止めきれなかった。
葬儀は、父の大学時代からの親友であった廣澤院長の助けを借りて、私が執り行った。

私には、父の死を悼む余裕もなかった。
母の精神的なケア、役所関係の書類、生命保険金受取りの手続き、やることが多過ぎて、気付いたら就活の時期は終わっていた。
単位は既に取得していたし、卒業論文制作も私にとっては容易なことで、大学は難なく卒業出来た。

しかし、養ってくれていた父はいない。

保険金もいつかは底をつく。

私が働いていかなければならないのに、職がない。

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