生贄の花嫁      〜Lost girl〜

★第11話 罪の矛先

しばらく抱きしめ合っていると、「そろそろ戻らないと」とだけ言って琉生くんは地下室を出て行ってしまった。

琉生くんはあんなにまだ幼いのに家族を失っていたんだ。目の前で大切な家族が殺される悲しみ…自分には何もできない無力感。彼自身も殺されかけて…きっとこの世のすべてを怨んでいたのかもしれない。吸血鬼として生き返ったのに自由にはなれなくて代償に縛られている。


「何か力になれることはないのかな…?」

「そう思うのであれば食事をとってください。」
「橙さん…。」

「まったく、琉生が嬉しそうに部屋を飛び出していったから何かと思えば、私が貴女から奪ったイヤリングを返していたなど…。」
「琉生くんを怒らないであげてください。きっと私のためにしてくれたことなので……。」
「くだらない馴れ合いはやめてください。腹が立ちます。」

「くだらなくなんかないです。琉生くんは私が寂しくないように一緒にいてくれました。守ってくれると言ってくれました。私が不安にならないように…家族のような温かさでいてくれます…。琉生くんを悪く言わないでください。」

「くだらない……くだらないくだらないくだらない!守る…?一体子供に何ができるというのです?それに寂しくないように一緒にいたのではなく貴女に逃げられたら困るからです。貴女の都合で琉生を利用しておいて思い上がるな。第一家族のような温かさなどと……余計な感情をもつことが汚らわしい。私たちは所詮道具でしかない。どこにも存在価値などないのに偉そうなことを言うな。」


何だろう……この人から伝わってくる強い怒り。でもその中にはどこか虚しさと何か重く暗いものがある。


「悲しいです。」
「は…?」

「怒っているはずの言葉なのにどこか悲しくて寂しい感じがします。」
「貴女に同情されるなど虫唾が走る。私より年上だからといって大人面をされるのは吐き気がする。」

「私は…全然大人じゃないです。自分のせいで家族を殺されて…家を失って…孤独感だけに捉われて時を止めてしまう子供です。次に進むこともできなくて、忘れることもできなくて、自分の中に閉じこもってしまう子供です。」

「家族を…失っていたんですか…?」

「はい……こんな話をしていると同情を誘うような気もして…自分でも嫌だ、と思います。でも…貴方はどこか私に似ている感じがするから……だから、これだけは伝えたいです。世の中にどんな人がいたとしても絶対に、道具になるために生まれてきた人なんていない。今はまだ出会えてないだけできっと……自分自身を……貴方自身を必要としてくれる人が必ずいます。だから…だから…存在価値がないなんて言わないでほしい…です。」


「私は…私は…自分自身を必要としてくれる人も必要だと思える人もいないと思っています。人間は自分の都合の良い人間関係を作る生き物です。妬ましい相手や出来のいい人間には媚びへつらい陥れようとし、自分よりも下だと思う人間は見下し自分が上に立っているというくだらない優越感に浸っています。理想通りでなければ必要としない、人形のように生きることを強いられていく。私が見てきた人間はそれだけでした。」


14歳の男の子とは思えない橙さんの言葉。どれだけのものを抱えて生きてきたのだろう。どれだけ苦しい思いをしてきたのだろう。

彼の心に巣くう闇を私には慰めることができないし全てを理解することはきっと難しい。でも……少しだけでもその苦しみから解放してあげたい。



「きっと…すぐに人を信じることはできないと思います。だって、橙さんには橙さん自身の心がないから。見てきた世界に捉われて動こうとしていないから。だから今はまだ何も感じることができないと思います。」

「そんなもの必要ありません。私への悪態のためだけにそれ以上口を開くのであれば罰を与えます。」

「でも!橙さんが1歩踏み出せばきっと新しい世界に踏み込むことができます。見えなかったものが見えて、知らなかったことを知ることができます。だから変わることを恐れないでほしい…です。」

「下らない戯言を……。壁に手をつきなさい、鞭打ちの刑を行います。」


鞭打ちの刑。書物などでしか見たことの無い刑罰。死人を出すこともあるほどの重罰。

「はい……。」

「やけに素直ですね。自らの発言に罪悪感を感じましたか?それとも罰せられることを好むのでしょうか…?」

「罪悪感……余計な事を言ってしまったとは思います。でも…これで少しでも貴方の心の捌け口になれるのであれば私は構いません。」
「……!」

何でもいい。何か力になれるのであれば…私の身など捧げられる。私を闇から救い上げてくれた劉磨さんたちのように、私にも彼を救うことができるのならば……。

「そうですか……では遠慮なく。」

革の擦れる音が聞こえたと共に背中に鋭い痛みが走る。

「いたっ……。」
「貴女は大馬鹿者です。他人のために簡単に身を捧げるなど……。ですがそれは私も同じようですね……そんな貴女の心に漬け込んでいるのですから。」
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