生贄の花嫁      〜Lost girl〜
橙さんの時の怒りとは違う。寂しさと虚しさ、暗く濁ったような闇であることは変わらないけれど、表と裏があるような不思議な感覚。

「正直分からないです。お金のことも、家族のこともまともに見たことなんて無かったから。でも……話を聞くこと…くらいなら私にもできます。」

「は?俺が話を聞いてほしいって思うわけ?自意識過剰なんじゃないの?別に誰もあんたの意見なんか必要としてない。綺麗な話にしないでくれる?それに……最後には皆気味悪がるんだ。同情されても迷惑なんだよ。」

「別に話したくないならいいです。でも……今の白銀くんの顔はとても寂しそうです。不安そうです。笑っているはずなのに泣いているように見えます。怒っているのに震えているように見えます。強がっているのに傷だらけのような気がします。感情や表情に表と裏があるような気がします。誰かが支えないと壊れていってしまう気がします。」

「そうやって偽善者ぶるわけ?自分は善い人だから信じろっていうわけ?」
「そう言っている今も瞳の奥では何かが揺れています。か細く燃えている炎が消えかけて見えます。」
「…………。」

「出会って間もない私に話を聞かせてほしいというのは難しいことだと思います。でも……甘えることの大切さを教えてくれた人がいるから。支えてくれる人の安心感を教えてくれた人がいるから。だから……少しでも力になれるのなら、力になりたいです。それは白銀くんのことだけじゃない。橙さんだって、琉生くんだって……キズさんだって……変わらないことです。」


「……ほんと馬鹿だね。李仁が言ってた通りだ。会って数日の琉生の話に泣いて、李仁のために鞭に打たれて、その上俺のために力になりたい……?あんた、自分のことより他人のこと心配してどうするわけ?あんた自身が危険な目に遭ってるって感じてないわけ?それに、善いことしたってな、必ずしも善いことが返ってくる世界じゃねえんだよ。あんたが善いことをしたからって俺らが善いことを返すわけじゃない。意味のない取引なんかやめろ。待ってるのは破滅だけだ。」


「そうですよね……自分でもなんでこんなに白銀くんたちに執着するのか分からないです。でも…私は馬鹿でもいいと思います。馬鹿でもなんでも自分が思うことを…したいことをしたいですから。」


「……ああ、クソ。そんなに聞きたいんなら教えてやるよ。俺の生い立ちと見てきた世界を。でも正直聞いてて気持ちのいい話じゃねえから飯食い終わって、やることやってからだ。」

「やること……?」

「女なら色々あんだろ。着替えたり髪型整えたり、化粧したり。」


言葉遣いは悪いのに、どこかに優しさはある。たぶん、本当は悪い人じゃない、そう感じた。きっと、それが彼自身を傷つけてしまった原因。
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