恋の蛇足
「今日は何作るんですか」

私のすぐ後ろから声をかけてくる。
私は驚いた振りをしたが、本当はリビングから忍び足で近付いてきたことを知っている。
彼に背を向けているのをいいことに、私は嬉しくて微笑んだ。
たとえ飲み物を取りに来たついでだと分かっていても嬉しいものは嬉しい。

「今日は牛丼だよ」

「おっ、いいですね!僕、牛丼好きですよ」

知ってるよ、と心の中で呟く。
牛丼を出す日は、あの日を思い出して緊張してしまう。

一時期、外食ばかりの彼のことを思って…という女子力アピールとも思える使命感で、煮物や具だくさんサラダ、オシャレな名前の料理を手当たり次第に作ってみたが、反応がよくなかったのでやめた。
彼のためを思って、なんて言葉は彼に伝わってこそ活きる。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

彼はお礼は言うけれど、『いただきます』は言わずに食べ始める。
飲むようにかきこむのも、ご飯粒が皿についたままでも、今はもう気にならない。

「瞳子さんの料理ってほんと美味いですよね」

「そう?ありがと」

満面の笑みで真正面から褒められると、喜びがつい顔に出てしまう。彼は変におべっかを言ったりはしないことを知っている。

「瞳子さんが母親だったら絶対毎日家で飯食いますね」

「ちょっと母親ってひどくない?君と六つしか違わないんだけど」

「六つも違うじゃないですか」

「六つで息子は産めません」

いつもの茶番。
きっと私たちは演じている。
かつては、本当にそうだったけど。
私がわざとぷいと横を向くと、彼はテーブルの下で優しく私の足を踏んだ。

「怒ってる……?」

絶対に甘えた目をしている。雨の中に捨てられている子犬のような、飼い主に甘える猫のような。
私はそれに絶対的に弱いことを自覚しているし、彼もそれを知っていると思う。

「怒ってない」

「よかった」

彼は踏んでいた足で私のすね辺りを軽く撫でてからさっと引いた。

「……雨の音が激しいね」

私は窓の外に目をやる振りをして、窓に映る彼が牛丼を頬張る姿を見つめた。
それも一瞬のことで、あっという間にたいらげて『ありがとうございました』と言ってお皿をテキパキと洗ってソファにダイブした。

「今日疲れたんで、終電までいていいですか?」

「うん」

それでも終電までなのね、と言いたい気持ちを押し殺して笑った。
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