谷間の姫百合 〜Liljekonvalj〜
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大広間(ホール)では、しばしダンス(ワルツ)を中断して主宰である某伯爵が企てた「余興」として、サーミの民の少女がJojk(ヨイク)を歌っていた。
ヨイクとは、彼らサーミの民に古来より伝承されてきた歌唱である。

彼女の歌は、楽団の伴奏を必要としなかった。
それでも、たったひとりの少女から放たれた澄み切った声が、ホール全体に木霊(こだま)のように響き渡っていた。

それはまるで、真冬の極夜の空を彩る光のカーテン……Aurora(オーロラ)を思わせる、天より「降ってきた」聖なる声だった。


『あら、あの子……近頃評判の歌い手じゃなくて?確か……リサ、って名前だったと思うわ。
最近、国内を巡って歌う宣伝のために写真を撮ったそうよ』

ウルラ=ブリッドが彼女を見て言った。

『画家に姿絵を描かせるのではなくて、技師に写真を撮らせたの?』

グランホルム氏が驚いた。最先端の「写真」は、なかなかの高額なのだ。


リサと呼ばれた歌い手の少女は、遠くOrient(東洋)の民の血が混じっている言われるサーミの民の特徴からか、ずいぶんと小柄で「美しい」というよりは「愛らしい」というべき幼い顔立ちをしていた。

鮮やかな青と赤で彩られたフェルト地に細やかな刺繍の細工が施されたコルトという膝丈の民族衣装を着て、トナカイの皮で作られたヌツッカートという爪先が羊の(つの)みたいにくるんと巻き上がった長靴を履いていた。


『……あら、(いや)だ。ごらんあそばせ、辺境(ラップ)人じゃなくて?』

『まぁ、本当……(伯爵)も酔狂だこと。なにゆえ、このような華やかな場にあのような下賤な者を?』

『嘆かわしいわ……卿の悪ふざけも、ここまでなさるとさすがに過ぎていてよ』

「高貴な」令夫人や令嬢たちが眉を(ひそ)め、大きな羽根の扇で口元を隠してひそひそと(ささや)き合った。
興が醒めた、とホールを退席する貴族も少なからずいた。

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