谷間の姫百合 〜Liljekonvalj〜

時を同じくしてその頃、偶然にも男爵家では、二男のビョルン・シーグフリード・グランホルムがそのセント・ポールズ校で学びたいと言い出した。

山間(やまあい)にある片田舎の領地ではなく、王都・ストックホルムのタウンハウスで育った彼は、家庭教師による指導と並行して、王都に新設され庶民の子どもたちが通うFolkskola(民衆学校)でも初等教育を受けていた。

その後は男爵家の子弟であれば、わざわざ外国(イギリス)なんかへ行かなくても、ウプサラやルンドなどの中世の時代から続く名門大学で学ぶことが可能だ。
事実、ビョルンの兄で男爵家の長男であるアンドレ・グスタフ・グランホルムは、ウプサラで勉学に励んでいた。

しかし、父であるMin herre(閣下)は爵位の継げぬ「二男」が将来、庶民を相手に「実業」の世界で身を立てる気でいるのだなと心得て、世界でもいち早く産業革命を成功させた「先進国」英国へ、快く送り出すことにした。

同年齢だが身分の差もあって面識のなかったビョルンとラーシュであるが、言葉の違う異郷では心細かろうという学校側の計らいで、寄宿舎では同室になった。自然と交流は深まった。


だから、パブリックスクールを卒業したあとは、だれもがビョルンはシェーンベリ商会の伝手(つて)で実業の世界へ飛び立つものだと思っていた。

さらに、ラーシュの父・オーケは、林業で儲けた資本を元手にして、今度は国の基幹産業であるスウェーデン鋼(鉄鋼)の分野への参入を虎視眈々と狙っていたため、息子とは反対側の良き片腕になる人材を欲していた。

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