氷の美女と冷血王子
「ところで青井さん、今日はお休みですか?」

いつもならスーツ姿の私がジーンズにTシャツのラフな格好なのが気になったようで、髙田君が聞いてきた。

「ええ」

本当は辞めたんだけれど、今は言いにくい。
今日はまだ黙っておこう。

「そう言えば、専務は明日お帰りでしたよね?」
「そうね」

きっと不機嫌全開で帰ってくるんでしょうね。
考えただけでも恐ろしい。

「寂しいですか?」
「え?」

「いや、青井さんと専務ってお似合いだから」
「そんなこと・・・」

あるわけないじゃないのと言いたかったけれど、言えなかった。
笑って流せるほど、私の心は強くない。

「青井さん、もっと頑張ってくださいよ」

ん?

いきなり訳のわからない激励の言葉が飛んできて、声の主である鈴木さんの方を見る。

「だって、河野副社長は秘書課の山田さんを専務の結婚相手に推してるそうじゃないですか。あの人って東西銀行の頭取のお嬢さんでしょ?下心ありすぎです」

「下心?」
意味がわからず見つめ返した。

「あそこの銀行とうちの会社は元々そんなに大きな取引はなかったのに、最近河野副社長がらみで大きな融資が動くようになったじゃないですか。きっと何か裏で企んでるんだと私は思っています。きっとそうですって」
「そんなあ・・・」

そう言われれば、河野副社長がらみの融資元はほとんど東西銀行だった。
うちのメインバンクでもないのに、不思議だなと思っていた。

「鈴木、飲み過ぎ」

河野副社長のことを愚痴り始めた鈴木さんのジョッキを、髙田君が遠ざける。

「ヤダッ、今日は飲むの」
そう言って手を伸ばす鈴木さんを、
「ダメ。昨日倒れた奴が酔いつぶれてどうするんだ。もうやめとけ」
髙田君はしっかり押さえている。

かわいいなこの2人。
カップルでもないのに、すごく気があっている。

「青井さん、こいつ酔ってますから、言ったことは気にしないでくださいね」

これって、孝太郎には言うなってことだよね。

河野副社長と孝太郎が不仲なのは管理職以上なら誰でも知っていること。
勘のいい髙田君も気づいているんだろう。

「大丈夫、何も言わないわ」
私だって、火に油を注ぐほどバカじゃない。

それにしても、河野副社長と東西銀行。
ちょっと気になるな。
調べてみようかしら。
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