僕からの溺愛特等席
「こんなのは忘れて、さあ、さあお花見行きましょう」
「ええっー!」
ぐいぐいと背中を押されて書斎から出され糸くんはよっぽど恥ずかしかったのか、もう顔を真っ赤にして、
「お花見に行こう」の一点張りだった。
外は草や花の香りに満ちていて、ポカポカと暖かかった。
糸くんに手を引かれ、近くの桜並木へ向かって歩き出した。
「来年はお弁当持ってお花見しましょう三春さん」
「気が早いね」
私はくすりと笑う。今年のお花見も今からだと言うのに、もう来年の話をすることは、とても素敵なことに思えた。
「そうだね、来年はお弁当持っていこう」
いつも彼は私の居場所を用意してくれる。
これから先、永遠とおなじ温度、おなじ場所があるわけが無い。
日常は実際に気づかれないくらいのゆっくりとしたスピードで変化していくだろう。
良いようにも悪いようにも変わっていく、それは自分たち次第だ。
今はそのとっておきの幸せがあることを噛めしめ、
めくるめく変わっていくもののなかで、ただ「暖かい場所だなあ」と言いきれる未来にする努力をしよう。
見上げると、私たちが歩く満開の桜並木はザワザワと話しかけてくるみたいに揺れ、花びらが頬を撫でた。