消えた卒業式とヒーローの叫び

 風が強く吹いた。髪の毛が持ち上げられ、視界が遮られる。上原くんも、それに抗うように目を細く閉じた。今なら、風の勢いと共に言えると思った。


「過去のことを、許すことはできないよ。でも、今の上原くんが昔の上原くんじゃないってことはわかる。
 友達もいない私の支えになろうと、こうして話を聞いてくれたことも、嬉しかった。そう、嬉しいって思ったの。だから……関わってほしい……です」



 気恥ずかしくて、自信のない言い方の結論になってしまったが、それを聞いた彼は驚いたように抱えていた膝の手を放し、姿勢が伸びる。

 私もそれにつられてか、上原くんを瞳の中にしっかりと捉えてしまった。左手で開いた口を隠すような表情を見て、本当に驚いていたのだということがよくわかる。


「本当に? 俺、結構覚悟してたからさ。えぇ、まじか、そっかぁ……」


 そのまま彼はまた膝を抱え、今度は深く顔をうずめる。そこで鼓膜に触れるか触れないか際どいほど小さな声で「良かった」と呟いたのがわかった。


 今は今しかないと、日彩に教わった。今を大切に生きていかないといけないと。いつまでも過去に囚われることが悪いわけではないかもしれない。

 でも私は、過去に囚われている自分から変わりたいと思った。変わりたいのなら、行動しなければ、何も変わらない。自分の望みを叶えるためには、辛いことにも向き合っていかなければ。


 人は皆、変われないと思っていた。でも現に、上原くんは変わった。そして今、私も変わろうとしている。

 人は学び、成長する生き物だ。過去をやり直すことはできなくても、これからを変えていくことはできる。上原くんも、私も。


「じゃあ、そろそろお母さんも一旦帰ってくるかもしれないから」


 私は少し自分の熱で温かくなった階段から離れ、上原くんの方を見る。上原くんも同じく立ち上がり、自転車の方へ向かった。


「何かあったらいつでも言えよ」

 ガチャンと右足で自転車のスタンドを蹴り上げながらそう言った。私はインターホンの隣に並び、その様子を見守る。

「うん、ありがとう。またね」

 上原くんはほんのり口角を上げ、自転車にまたがりペダルを踏んだ。彼から風が生まれ、まっすぐ伸びた道を流れるように走り、角を曲がって見えなくなる。


 これで良かったのかはまだわからない。でも、少なくとも勇気を出して、変わろうと一歩踏み出すことのできた自分は嫌いじゃないと思えた。


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