羽を失くした天使 ~祐一の場合

10月半ばの 行楽シーズン。

俺は 瑞希を連れて 一泊旅行に向かった。


ドライブして 食事をして。

途中 少し 観光して。


ホテルに入ると 瑞希は 緊張からか 饒舌になる。


「前に 子供の頃。まだ パパとママが 離婚する前に 家族旅行したの。その時のこと ずっと忘れられなくて。すごく楽しかったから…」

「瑞希。こっちにおいで。」

窓を背に 立ったまま 話す瑞希を 俺は呼ぶ。


1人掛けのソファに座る 俺の前に 瑞希は立つ。

「ここにおいで。」

そのまま 瑞希の腰を引いて 膝に抱き上げる。


「大丈夫って 言ったでしょう。怖くないんだよ。瑞希を好きな 俺の気持ちを 瑞希の中に 届けるだけだから。瑞希。目を閉じてみて。」

小さく 頷いて 目を閉じた瑞希に 俺は キスをする。

いつもよりも 長く 深く 熱く…


瑞希の 堅い体から 力が抜けて。

「んっ…」

甘い吐息が 漏れたとき 俺は 瑞希を ベッドに運んだ。


丁寧に。時間をかけて。愛情をこめて。

8年振りに 愛する人を 抱いた。



体の関係なんて 簡単に 結べるけど。

愛情が なければ ただの 生理現象。


愛し合う人と 結ばれる幸せを

俺は ずっと 忘れていた。


こんなに 甘くて。満ち足りて。

愛おしさが 全身から 溢れてくる。


その後の やり切れない 喪失感さえ

今は 充実感にしか 思えない。






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