電話のあなたは存じておりません!
3.私を知るあなた

 翌日の同時刻、権兵衛さんは言葉通り、電話を掛けて来なかった。

 なので翌々日の五月五日、私から電話を掛けた。

「佐藤さんと間違えられた芹澤ですが」

『……あ、はい。芹澤さん、今晩は?』

 今晩は、と挨拶もそこそこに私は相手に不満をぶつけた。

「あなただけが私を知っていて、私があなたを知らないのは不公平です。そう思いませんか?」

 彼にとって、今度は間違いなく私が迷惑電話を掛けているだろう。

『……そうですよね、すみません。あの、僕はクルスと言います』

 ーークルス…。

 知らない名前だ。同級生にそんな名前の男子は居なかった。

 本当に知り合い? って言うか外国人? それともやっぱりストーカー……?

『今日もDead By Sunrise聴いてるんですね? 芹澤さん、好きだって言ってましたよね?』

 ドキリと心臓が打った。

 いや、むしろギクっとしたという表現が近いと思う。

 このグループの事を話しているのは大概気の知れた仲ばかりで、そもそも男の人に話した記憶が無い。

 ますます分からない。思わず「Who are you?」と呟いていた。

『クルスですよ、芹澤さん』

 彼は電話の向こうで笑みを滲ませていた。

 ーー何なんだ、これ。

 私は不思議な感覚に見舞われた。得体の知れないクルスとかいう男と話しているのに、不思議と切る気になれない。
< 12 / 36 >

この作品をシェア

pagetop