俺は、電脳世界が好きなだけの一般人です

第三話 依頼

「ユウキ!起きろよ」
「あと・・・ごふ・・・ん」
「起きないと、朝ごはんなしだぞ!」

 その言葉と同時に、布団から勢いよく跳ね起きる。

「ん!起きた!タクミ。ご飯は?」
「なにがいい?」
「なんだぁまだ作ってないの?」
「シャワー浴びるだろう?その間に作っておく、着替えも脱衣所に置いてあるからな」
「タクミは?」
「先に入った。それで、何が食べたい?簡単な物しか作れないぞ」
「うーん。タクミに任せる。シャワー浴びてくるね。あっスムージはお願い!甘いやつで!」
「了解!」

 ユウキは、俺のパーカーを着たまま寝たようだ。
 シャツは脱いで手に持っている事から、帰って来て、わざわざシャツを脱いでから、パーカーを着た事になる。パンツも手に持っていることから、脱いで寝たのだろう。オフクロに怒られなければいいのだけどな。ユウキが使っている部屋を見ると、随分とユウキの物が増えた印象がある。美和さんから、この前の”詐欺メール”の一件を報告したら、ユウキの使っているパソコンもこっちに置いてほしいと言われた。確かに、セキュリティの面では、こっちのネットワークの方がいいだろう。回線も、家庭用のプロバイダ契約ではなく、業務用の物を利用している。
 ファイアウォールに関しても、オヤジの知り合い・・・正確には、オフクロ関係の知り合いだが、オヤジと話が会って何度か遊びに来ている・・・の、山本さんが懇切丁寧に作ってくれた物だ。メールサーバや、プロキシも同じだ。ユウキのパソコンの設定を変更したのは、俺だけど、ユウキが必死に検索ワードを隠そうとしていたのが印象深かった。

 さて、スムージは、バナナをベースに作ればいいかな。
 あとは、パンとベーコンと卵でいいかな。先輩のお土産のケーキが残っているから、ユウキに食べさせればいいだろう。

 ユウキの目玉焼きは、卵を二個使う。
 黄身同士が近くになるように調整して、片面に、胡椒を少し強めに振る。粒の黒胡椒が好みのようだ。白身が固まってきたら、少しだけ水を入れて、蓋をする。そのときに、アルミホイルで落し蓋のようにしてから、フライパンに蓋をする。
 黄身が半熟状態になったら出来上がりだ。お皿に盛り付けて、ベーコンをカリカリになるまで焼いた物をつける。
 パンは、今日はバターロールの買い置きがあったので、袋ごと置いておく。朝に、6個くらいなら平気で食べる。

 俺は、目玉焼きは両面焼きが好きなので、両面焼く。
 順番は、ベーコンをカリカリに焼いてから、俺の目玉焼きを作って、最後にユウキの目玉焼きを作る。

 ドアが空いて、濡れた髪の毛をタオルでまとめてある。オフクロが、ユウキのために作った物だ。濡れた髪の毛のまま長時間いたユウキを心配いしたオフクロが吸水性のいい布地で、髪の毛を包み込むようにしてから、上で縛る事ができるようになっている。

「タクミ!ご飯!」
「食べていろよ。今からスムージ作るからな」
「わかった!待っている!」

 何がわかったのか、先にたべていいと言ったのに、待っていると言う。いつもの事だ。二人だけの食事の時には、お腹空いていても、待っている事が多い。手早く、スムージを作る。お湯が湧いたので、インスタントコーヒーを作る。

「いただきます!」

 ユウキが勢いよく食べ始める。
 そんなに腹が減っているのなら先に食べればいいのに・・・。まぁいいけど。今日は、二人だけなので、ユウキは俺の正面に座る。まだ制服には着替えていない。俺のパーカーを着たままだ。

「いただきました!」

「ユウキ。着替えてこいよ。俺、片付けをしてしまうからな」
「うん。解った!バイクで行くの?」
「そうだな。放課後、原先生との約束も有るからな」
「わかった!それじゃ、ズボンだね」
「あぁそうだな」

 バイクで行くとなると、時間的な余裕が少しできる。原先生からの依頼の内容はわからない。
 話を聞いて、話すだけで解決するような事ではないとおもう。”一般人”の俺に何を頼むのかわからないが、面倒な事にならなければいい。

 今日の装備はどうしようかな?
 フリーSIMのポケットwifiは持っていこう。学校のネットワーク外からのアクセスの必要性があるかも知れない。パソコンは、未来さんからの報酬で買った、Surface GO でいいか・・・な。そう言えば、昨日、ユウキの Surface GO の設定を変えたときに、預かったままだったな。これも持っていく事にするか、後で、ユウキに聞いて、授業で使うようなら、切り替える方法だけでも教えておかないと使わないだろうな。

「タクミ。洗い物は終わった?」
「あとは、拭くだけだ」
「解った、僕が拭いておくから、タクミは着替えてきて」

 制服に着替えて、髪の毛をまとめたユウキがリビングに戻ってきた。

「あっそうだ。ユウキ。学校でパソコン使う?」
「あっそうだった。今日、授業で必要だから持っていかなきゃ!」
「わかった、新しく買った奴を持っていけよ」
「うん!ユウキと色違いのやつだよね?」
「そうだよ。設定も終わっているから、学校でも、ここでも、ユウキの家でも使えるはずだぞ」
「え?あっありがとう」

 部屋に戻って、制服に着替える。
 作業部屋に置いてある、Surface GOを二台とポケットwifiを持って、リビングに戻る。

 片付けを終わったユウキがソファに座ってくつろいでいた。
 正面に回ると、短いスカートからパンツが見えているが、指摘しないでおく、前に指摘した時には、一生言ってやると文句を言われてしまった。ユウキの隣に座って、簡単に設定を変更した部分の説明をする。

「わかったか?」
「うーん。大丈夫だとおもう。家で使う時だけ、設定を変えればいいのだよね?」
「違う。違う。俺の家の時だけ、設定が違うけど、それ以外はそのまま使えるよ」
「え?あっそうだね。僕の部屋で使うときだけだよね?」

 うーん。何か、微妙な言い方だけど、まぁ間違っていないからいいかな

「ユウキ。バイクに乗れる格好になれよ。学校に行こう。今日は、放課後、原先生との打ち合わせだけど、ユウキも来るよな?」
「うん。生徒総会の部屋に行けばいいよね?」
「そうだな。部活終わってからでいいぞ」
「解った!帰りも、乗せてくれるのだよね?」
「ん?電車の方がいいのか?」
「ううん。バイクの方が楽!」
「わかった。それじゃ、話し合いが終わっても、ユウキを待っているからな」
「うん!」

 ライダースーツを着込んで、バイクに跨る。ユウキが後ろに乗って、学校に急ぐ。
 荷物は、全部ユウキが背負っている。

 バイクで通学しているのは、10名ほどだが、皆揃っているようだ。空いている場所に止めて、ライダースーツをユウキに預ける。最初は、バイクに置いておいたが、盗まれる事件が発生してから、ユウキの部室に置いてもらう事になっている。

 授業で使う物を、受け取ってから教室に向かう。新しく設定した物がうまく作動している事を確認した。

 昼休みに、メッセが飛んできた。
 ユウキだ。美優先輩が今日の放課後に、来てくれる事になったようだ。なぜ、俺に連絡してこないのかという疑問はあるが、まぁいい。昼は、時間があるから、外に食べに行こうかと思ったが、許可が降りなかった。しょうがなく、学食に向かった。ユウキが、女子に囲まれていたので、近づいたら間違いなく面倒な事になりそうだったので、入口の近くで蕎麦を買って食べてしまう事にした。

 午後の授業も問題なく進んだ。
 工業高校のいいところは、実習が多い事だ。実践的だとは思えないが、基礎を覚えるのにはいいだろう。そう割り切って、授業を受けている。プログラムの授業も組み込まれている。つまらないと思っていたが、自分が思っている事や知っている事と、授業で習う事のギャップを埋める作業をしなければならなかった。オヤジに、話したら当然だと言われた。学校で習う事が、そのまま実戦で役立つわけが無い。俺が、オヤジから叩き込まれたのは、実戦で役立つ知識で基礎の基礎だ。

 プログラム実習の授業も終わった。

 原先生の事を、電子科の先生を訪ねたが、あいにく出張で学校に居なかった。

 やることが無くなってしまったので、生徒総会で原先生の到着を待つ事にした。部屋に入って、パソコンを起動させる。何気なく、学校で流れるログを見ているが、スマホゲームへのアクセスが多い。そんなに面白いものなのかね?
 俺も、ゲームをやるが、オヤジほどゲーマーではない。そのオヤジも、スマホゲームはやらない。付き合い程度に入れているが、やりこんでいる姿を見ない。

 そんな事を考えながら、ログを眺めていると、申請されていないMACアドレスからのアクセスが警告される。
 土木科と建築科が入っている校舎のようだ。暫く、様子を見ているが、外にアクセスできないのか、学校指定の wifi に接続し直している。どうやら、あの校舎には、野良アクセスポイントが作られているのかも知れない。
 校舎に張り巡らされているネットワークは、2系統ある。
 1つは、学生が自由に使えるネットワークだ。こちらは、wifi でしかアクセスできない。wifi の基地局を外してケーブルを繋げばできるが、それをするためには、アクセスポイントの設定を覗き見なければならない。その上で、ケーブルを間違いなくさして、設定をしないとつながらない。その上、アクセスポイントのMACアドレス外がつながれば、エラーを上げるようになっている。
 二つ目は、学校の端末を繋ぐネットワークで、こちらは、DHCPがなく、IPアドレスアドレスの設定とMACアドレスの登録が必要になっている。多分、この2つ目のネットワークのどこかに、野良アクセスポイントを持ち込んだ奴がいるのだろう。どのみち外部にはつながらない。内部へのアクセスを行うために持ち込んだのかも知れない。

 ドアをノックする音が聞こえた。
 原先生が部屋を訪ねてきた。ユウキはまだ来ていないが、話を始める事にした。

「それで、先生。俺に依頼という事で問題ないですか?」
「え?そうですね。篠崎君。建築科が、サーバを独自に持っているのは知っていますか?」
「はい。昨日、前生徒会長から聞きました」
「あぁ君たちは、仲が良いみたいですね」
「そうですね。縁がありましたからね。それで?」
「これを見てください」

 原先生から見せられたのは、二枚の紙だ。
 変哲もない。テスト問題のようだ。

 違うな。後に出されたのは、問題の部分しか無い物で、前の物は、テスト用紙として成立している物だ

「これは?」
「建築科の生徒が持っていたものです」
「へぇサーバーから盗み出したのですか?」
「どうやら、違うようなのです」
「っと言うのは?」
「朝、学校に着いたら、教壇の上に、置いてあったと言っていました」
「これ一枚だけですか?」
「そうです」
「それで?」
「日付を見てください」

 あぁそういう事か、前期のテストなんだな。
 テスト後に、真似されたって事も考えられるけど、様式まで全く一緒に作るのはかなりの手間がかかる。意図している所がわからない。

「そういう事ですね。”学校のサーバーから盗まれた物か確認したい”という所でしょうか?」
「そうです。盗まれたのなら、手口の解明と今後の対策も考えなければなりません」

 そうだろうな。
 手口の解明は難しいな。プロの仕業だとしたら、証拠なんて残していないだろうけど、プロが果たして、学校のそれもローカルネットワークないの建築科のサーバをターゲットに選ぶのか?いや、選ばないな。生徒の誰かが、面白半分でツールを使って、アタックしてみた辺りだろう。
 そうなると、生徒を特定するのは難しいな。俺のやる事でも無いだろう。

 まずは、建築科のサーバにアクセスして調べる権利と、セキュリティの調査をするのが先だな。
 バックドアを仕込まれていたら、意味がないだろうからな。

「わかりました。調べることはできますが、建築科のサーバへのアクセス権限を俺は持っていません。それらの付与と、セキュリティに関する調査の権利の付与をお願いします。そもそも、学校内のサーバに収める規則になっていると思いますが、それをどうして建築科でサーバを持っているのかは、後日責任ある立場の人が説明してくださるのですよね?」

 原先生と少しやり取りして、大まかな話が聞けた。
 ようするに、何も解っていないという事だ。そして、サーバーを設置したのが、上地だという事だ。あの男、こんな所まで祟ってくれる。

 最悪なのは、これからで、先生に付与されているアカウントが、全員管理者アカウントだという話だ。
 俺が、学校内のパソコンやサーバーでの作業をユーザ権限にした事で、自由にできなくなってしまったので、自由にできる、建築科内のサーバーを多用する事になっているようだ。

 厄介事には違いは無いが、今後の事を考慮すると、対処しておいたほうがいいだろう。
 あの男なら、拙い知識で、バックドアを作るくらいの事はしているかも知れない。
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