俺は、電脳世界が好きなだけの一般人です
第二章 裏サイト

第一話 問題発生-依頼-

 学校のネットワーク環境も整った。
 校長や先生方は、約束を守ってくれて、校内に無線LANが張り巡らされた。校内では、無線LANが使い放題になっている。学生にとっては、スマホの転送量の節約にもなるので、歓迎された。
 約束通り、ポートの制限だけを行って、ゲームサイトやSNSへの接続制限はされていない。

 俺が学校側にした提案は、いくつかあるが、パソコンの利用に関しては、”おまけ”のようにとらえられている。
 本命は、無線LANを使ったネットワークの構築だ。学校からパケットが出ていく時に、ファイアウォールを通る事になるが、その部分に細工がされている。そう、パケットの監視を行えるようにしているのだ。さすがに、学校からの要請でいくつかのサイトに関しては、ブロックする事になってしまった。
 運営開始された時には、疑心暗鬼であった生徒たちも、使っている間に、ブロックされていない事に気がついて、学校の休み時間にゲームをしたり、SNSを楽しんだりするようになってきた。

 俺の会社で受けても良かったのだが、流石に体裁が悪いと言われて、オヤジの会社が仕事として受ける事になったのだが、パケット監視業務を請け負うことになっている。安い金額で受けているのは、監視と言っても、通常の監視ではなく、ブラックリストに乗るようなサイトへのアクセスを定期的に絞り出して報告するだけだ。
 スクリプトさえ書いてしまえば、後は定期的に実行すれば済む。
 もう一つの業務が"裏サイト"の発見にある。隠語を使われたりするので、検索エンジンでの発見は難しいが、アクセスしているパケットを捕らえる事ができれば、裏サイトの発見はそれほど難しいことではない。実際に、機械科の一部生徒が作っていた裏サイトを見つける事が出来た。イジメ未満だと判断されたが、いくつかの隠語で特定男子をイジメていた事実が判明した。

 裏サイトを、”削除する”や、”関わっている生徒を呼び出して指導する”ことで、対応すると言い出した、お偉方を黙らせて、放置監視する事を徹底した。
 そして、"いじめ"ではなく、傷害や脅迫と言った刑事事件の事案として告発を行う事にして、"いじめ"に参加した生徒を一斉に摘発させた。何度も使える手ではないし、行ってはダメな手法だ。それに、先生方からも少なくない反発が発生したが、工業科の先生方を中心に、味方をしてくれて対応が完了した。
 その後は、裏サイトらしき物が出来て、"いじめ"の芽が出そうなタイミングで、匿名の生徒が、この事案を元にやめようという事になっている。表立っての注意は勿論するとして、無線LANを使わせる事で、裏側からの監視ができるようになった

 その中で、未来さんにも協力をお願いしていた。

 そして、今日、未来さんの事務所に、ユウキと一緒に呼び出されている。
 未来さんの事務所は、街のドン・キホーテ近くの雑居ビルの3階にある。何度か行っているので迷うことはない。今日は、呼び出されたのだが、先日の事もあるので、手土産を持っている。最近、出店した県内初のケーキ屋さんだと宣伝されていた。未来さんが好きそうなケーキと、なぜかユウキが食べたいと言ったケーキを6個購入している。

「未来先生と13時からのお約束を頂いています。篠崎です」
「はい。伺っています。どうぞこちらへ」

 事務員の人に案内されて、少し広めの部屋に通される。

「少しお待ち下さい」
「あっはい。それから、これ、未来先生と、皆さんでどうぞ」

 持ってきたケーキを事務員に渡した。
 慣れたもので、にこやかな顔でケーキを受け取って、一礼して部屋から出ていった。

 廊下から、未来さんの声が聞こえてきて、事務員に指示を出しているようだ。俺たちの意図を汲み取ってくれたようで、ケーキ4つが部屋に運ばれてきた。

「ユウキ。そう言えば、桜さんは?」
「ん。お父さん?」

 早くも、1つ目のケーキに手を付けながら、そう答えた。

「あぁ何か言っていた?」
「ううん。なんにも、ただ、やるなら先に教えろ。とか言っていたよ」
「あぁそうかぁありがとう」
「なにかやったの?この前、1年の機械科で停学やら退学が大量に有ったらしいけど、あれに関係している?」
「いいや」
「ふーん。まぁいいや。そう言えば、タクミ。生徒会役員になるの?」
「へ?ならないよ?なんで?」
「美優先輩や祥先輩が、自分の後は、篠崎君に任せると言っているのを聞いたよ」
「はぁ何度も断っているのに・・・」
「無駄だと思うよ」

 一個目のケーキを食べ終えて、二つ目のケーキの半分を食べ終えたユウキの前に、俺の前に来ていたケーキをそっと渡す。
 にこやかにケーキを受け取って、空になった皿を俺の方に押し付けてきた。

 ドアが空いた

「相変わらずだね」
「ミクさん!お久しぶりです」
「そうね。ユウキに合うのは、お正月以来?」
「未来さん。それで?」
「タクミも相変わらずね。それで、一つお願いがあるのだけど頼める?」
「いいですよ。どっちですか?」

 どっちと聞いたのは、技術的なサポートだけでいいのか、それとも報告書まで必要になるのか。

「先方次第かな。それと、ユウキにもちょっとお願いがあるけどいいかな?」

 3つ目のケーキにフォークを指しながら
「ん?いいよ。仕事?仕事ならお金もらえる?」

「タクミ。お願いね。それで、ユウキには、先方のお子さんと別室で待機していて欲しいの。その時に、自然と話しかけてくれれば嬉しいかな」
「うん。いいよ。タクミやミクさんの事は内緒って事?」
「そうね。タクミの事はいいけど、私の事は、黙っていてくれると嬉しいかな」
「了解!タクミ!期待しているよ」

 何か勝手に、俺が報酬払う事になっているようだけど、ようするに、未来さんから直接ユウキには払えないから、俺やおやじ経由で支払うって事なのだろう。それならそれでいいし、そうじゃないのなら、未来さんへの"貸し"にすればいい。

「未来さん。貸し一つですよ」
「いいわよ。でも、どう転ぶかわからないけど、克己さんに依頼する事になっているからね。それから、タクミは事務員としてアルバイトに来ていて、法曹界を目指している高校生で、文章作成の手伝いをしている設定でお願いね。口出しはしないで、何か聞きたい事があったら、いつもの方法でお願い」
「解りました。それじゃ俺は着替えてきますね」
「えぇお願い」

 普段着のままでは都合が悪い。
 法曹界を目指しているのなら、それなりの格好をしているのが当然だと考える人は多い。

 着替えて、事務机に座って、持ってきているノートパソコンとタブレットをいじっていると、事務所の呼び鈴が鳴って、事務員が、対応の為に受付に向かった。

 しばらくして、未来さんが俺を呼びに来た。ノートパソコンを自分で持って、タブレットを未来さんに渡した。
 部屋に入ると、おふくろと同じくらいの年齢の女性が座っていた。隣の部屋から、ユウキの声がしているのは、さっき未来さんが言った事を実施しているのだろう。

「おまたせしました。高田明美さん」
「先生・・・。そちらの方は?」
「あっ未来先生の助手を務める。篠崎といいます」
「篠崎君は、助手と言っても、私の身内の様な人間で、文章や報告書の作成を行ってもらっています。娘さんと年齢が近い事もあって同席させようと思います。よろしいですか?」
「あっはい。先生のお考えに従います」
「ありがとうございます」

 依頼人である。高田さんは、未来さんに聞かれた事を、ボソボソとした喋り方で、話し始めた。
 何度か、同席した事があるが、珍しいパターンであるのは間違いない。相談に来る人は、自分が被害者であれ、加害者であれ、憤りを感じての相談が多い。そのために、感情の度合いが"怒り"に傾いている場合が殆どだ。でも、高田さんからは、怒りというよりも戸惑いの色が濃いように思える。

 核心と言えるような話になかなか進まない。
 簡単に言えば、(ユウキと隣に居る)娘が通っている塾でイジメにあっている"らしい"という事だ。塾なのだから辞めてしまえばいい(俺としては、学校も同じ程度だから、辛いのなら辞めてしまえばいい)と思うが、それは娘が拒絶している”らしい”。
 戸惑いが強い意味も朧げながら見えてきた。苛められている原因が解らない上に、方法が解らない。実際に、イジメが勘違いなのかもしれないとさえ思っている。そして、市がやっている法律の無料相談から、こっちに流れてきて、本当に無料なのかを心配している。母子家庭で、生活が楽ではない。娘もそれは解っている。
 塾も、無理して行かせてもらっているという認識があるので、娘が我慢して、自分に話をしないのではないかと思っている。
 今日、連れてきたのも、”いじめ”の相談ではなく、母子家庭の法律相談の延長だと言って連れてきている”らしい”。

 事情が複雑なのは、娘がイジメを親に相談していないのだろう。
 それでは、なぜ母親がイジメを認識したのか?素朴な疑問が湧き出てくる。その答えも、話を進めて、事情がわかった。誰かが、母親に密告してきたようだ。密告というのもおかしな話だが、母親が取り出した手紙は十数通にも及んでいる。
 手紙は、1枚から多くても2枚程度の便箋に手書きで書かれている。幼い感じの文字から、同じ塾に通っている誰かだろうと想像はできる。

 母親は、最初娘が直接言えなくて、手紙にしたのだと思ったが、字を見れば、娘でない事はすぐにわかった。いたずらだと考えた事もあったが、5通を超えた辺りから怖くなってしまったのだという。娘にそれとなく確認しても、"そんな事はない。良くしてくれているし、塾だから別に友達が居なくても困らない。"そう言われてしまえば、母親からそれ以上問いただす事は出来ない。

 気になるのは、密告者の目的なのだが
「高田さん。この手紙に書かれている事が事実だとして、これを送ってきた人物は、少なくても、塾に通っている人間である事は間違いないと思います。しかし、私たちは捜査機関ではありません。調べる事は出来ません。高田さんに心当たりがないとすると、塾に書面で確認を行う等の事をしなければなりません」
「それは・・・」
「解っています。森下弁護士からも、そう言われています」

 え?なんで、ここでおばさんが出てくる?
 俺のパソコンに、"この案件は、美和さんから依頼されている"と、出てきた。驚いて、未来さんを見る。なんとなく、図式が見えてきた。

「あっありがとうございます。私としては、本当だとしたら、教えてくれた子に被害が行かないようにしていただきたい。娘は、娘とは、しっかり話をして、塾をやめさせる事も出来ます。でも、それでは、これを教えてくれた子が苦しむ事になってしまうかと思うと・・・」
「そうですね。そう言えば、高田さんの娘さんは、商業でしたよね?」
「え?あっはい」
「込み入った話ですが、なんで塾に通われているのですか?」
「あっ税理士になりたいと言っていまして・・・私を見ているので余計にそう思ったのかも知れないのですけどね」

 さすがの未来さんも黙ってしまった。

「それじゃ塾は辞めたくないのでしょうね」

 助け舟というわけではないが、沈黙に耐えきれなくなってしまった。

「そうですね」

 それから、話を少しだけ戻した。
 高田さんとしては、どうしたいのか解らない。どうなっているのかも解らないので当然の事だろう。その辺りは、ユウキからの話待ちになるのかも知れない。

「高田さん。先程の説明通り、私たちは、調査機関ではありません。そこで、私から、調査ができる者に依頼する事が出来ます」
「先生。本当ですか?」
「はい」
「ですが、費用の方は?」
「そうですね。流石に無料というわけには行きませんが、高田さんの持ち出しが発生しないようにしましょう」
「よろしいのですか?」
「そうですね。問題が無いようにしたいと考えています。そのかわり、調査で判明したことや、付随することで、得た物に関しては、高田さんは、権利を放棄してもらいます」
「え。あっはい。娘さえ大丈夫なら、それ以上は望みません」

 未来さんが決めた事なので、俺が口を挟むのはおかしな事だけど、その調査は、俺がやることになるのだろう。
 丁度、端末に、メッセージが入った。”調査は、克己さんがしてくれるから大丈夫だ”
 驚いて、未来さんを見てしまった。ニッコリと笑っているが、それだと費用が発生してしまう。どうするつもりなのだろうか?

 再度メッセージが届いた
 ”高田さんの娘さんが通う塾の顧問弁護士から相談が来ていて、克己さんに動いてもらう事になっている”

 そりゃぁそうか、高田さんに手紙を書いてきて、塾に何も言っていないはずはない。塾としては、信頼問題にもなるから、噂の間に潰しておきたい。そんなところだろう、それを、顧問弁護士に相談したが、解決方法が見つからなくて、美和さんに回って、おやじの所に話が言って、未来さんが貧乏くじを引いたという感じなのだろう。

 ”大丈夫よ。塾の顧問弁護士に費用請求ができるからね”

 費用的な問題がない事は良い事だ。あとは、手口の解明になるのだろう。

 ”おやじは?なんと言っていますか?”
 ”タクミの学校と同じとだけ聞いている。後で事情を教えて”
 ”分かりました”

 事情がこれで確定した。
 この間も、未来さんは、高田さんと話をして条件を詰めている。落とし所が難しいのだろう。

 未来さんとの話し合いが続けられているが、落とし所が見つからない。高田さんとしては、”イジメがあるのなら、イジメていた子達を罰して欲しい”という事だが、イジメが難しいのは、”罰”が被害と釣り合わないことが多い。
 金銭的な事だけでも、高田さんの娘さんの塾の費用の弁済は難しいだろう。それ以外にも、”イジメ”が表面化してからの弁済ができるかどうかも微妙な状態になってしまう。

「高田さん。まずは、娘さんの事をお考えいただけませんか?」
「・・・そうですね。未来先生。事実を、何が行われているのかを教えて下さい。その上で、娘と話をします」
「わかりました。必ずとは言えませんが、調査を行う事をお約束致します」
「よろしくお願い致します。娘からの話はよろしいのでしょうか?」

 少しだけ、未来さんは考えてから、必要ないです。
 ”必要になったら、こちらから連絡する”としていた。

 高田さんは、そのまま部屋を出て、隣の部屋で待機している。娘さんを連れて帰るようだ。見送りをしてくる未来さんを待っている事になった。
 少し経ってから、ユウキが部屋に戻ってきた。

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