魔女の紅茶
クルルの餌が落ちた日

 気に入らねぇ。なんてもンじゃ済まされねぇくらいには不愉快だった。特別なのだと言ったその口で、いつでも契約は解いてやると宣う魔女の唇を物理的に塞ぎ、腹の底から沸き上がる醜い感情をどうにか押さえ込んだ九日前の俺は偉い。己を誉めたい。
 命を狙われるのは確かに気分の良いもンじゃねぇ。普通に嫌だ。けれどそれよりも嫌なのは魔女の隣に己ではない誰かが立つ事だ。それだけは絶対に譲れない。魔女なりの優しさか気遣いなのかは知らないが、契約を解く気は一切ない。頼まれても嫌だ。断る。
 口を挟ませないようにそう告げたあの日以降、魔女はその話を掘り返すことはなかったし、俺だって掘り返さない。それにより、朝食前にペット(クルル)の餌やり、朝食、読書、昼食、元騎士団だというぽやぽや野郎と体術や剣術の稽古、シャワー、夕食、読書、就寝、という崩しよのないルーティンをただこなしていくだけの平和な日々が訪れた。

「良い眺めだな。劣等種族(にんげん)
「降ろせやくそが」

 のだと思われたが、ルーティンが始まってから十日目の今日はどうやら違っていたようだ。
 文字通り、あっという間だった。左足首に何かが巻き付いて、気付けば視界は真っ逆さま。おいてめぇが持ってる護身用ナイフでどうにかしろよと右側に目玉を動かせば、白目を剥いた逆さ吊りのぽやぽや野郎。俺とぽやぽやが手に持っていた籠は当然ひっくり返って、落ちて、中身は地面と仲良ししてる。
 と、まぁそれだけならまだ何とかなったのだろうけれど、嘲笑を浮かべ「良い眺めだな」だとかほざきながら散らばるそれらをご丁寧に踏み潰してくれた馬鹿がいたもンだから図らずもため息が漏れた。

「魔女との(つがい)を解くなら降ろしてやらんでもないがな」

 あーあ。知らねぇぞ。ちゃんと決まった時間に餌あげねぇとペット(クルル)は不機嫌になンだとよ。まぁ、所定の位置に餌を置くだけで見た事はねぇから俺はそのペット(クルル)が何なのか知らねぇが。
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