魔女の紅茶

 確実に、と言っても過言ではないほどに、今この時を生きる者の中で【魔女】が種族を指すものではない、という事を知っている者はいないだろう。
 【魔女】とは【呪い】だ。
 気の遠くなるような遥か昔、人間が人間にかけた終わりのない【呪い】。誰もが恐れ戦き、しかし渇望する。そんな魔力(ちから)を手にいれる代わりに【人間】で在る為に必要なものを根こそぎ奪われてしまう、あさましい【呪い】。
 歴代の(・・・)魔女達がそれに対し何を思っていたのかなんて知らない。けれど、今こうして私が魔女で在る事が、魔女で在った彼女達の答えなのだろう。
 何故【魔女は他を愛さない】とされているのか。
 簡単だ。他を愛せば愛しただけ、己が傷付くから。だから、愛さない。堪えられないのだ。己をおいて、愛する者が死に向かう様を見るのは。時間という概念を、死を迎える権利を、心臓と共にそれらを奪われた【魔女】には願う事すらきっと、許されていないのだろう。
 このイカれた呪いから逃れる術は、たったひとつ。次の【魔女】を生む事。物理的に、ではない。【魔女】という【呪い】をそれに相応しい素質を持つ者へ繋ぐ。そうすれば、その瞬間に魔女だった者は消滅する。それまで魔女だった者に関する記憶や痕跡すら、綺麗に消え、新たな魔女のものへと刷り変わる、らしい。本当かどうかは、分からない。けれどおそらく真実だろう。だって誰も、これが【呪い】だと知らないのだから。
 まぁそれならそれでこれを繋いでやるいわれもない。そもそも、相応しい素質を持つ者とやらを探すのだって一筋縄ではいかない。私を魔女にしたあの女とて、数千年費やしてようやく見つけたのだと言っていた。ならばもう、流れに身を任せ生きればいいかと諦念さえ抱いていた。

「言っとくがなァ、契約の破棄だけは死んでもしねぇぞ」

 そう、抱いていた(・・)のだ。

「てめぇは、俺ンだ」

 この男が、紅茶を飲み干すまでは。
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