わたしにしか見えない君に、恋をした。
眉間にしわを寄せたり、首を傾げたりしている湊。

「どうしたの?何か感じる?」

「わかんねぇ。でも、なんか不思議な感じがする」

「不思議な感じって?」

「全く知らない場所のような気もするし、来たことがあるような気もする」

「本当に?それだけでも進歩じゃん!!」

「あぁ」

「じゃあ、この調子で校内を見て回ろう!」

急にやる気になったあたしは湊の手を引っ張ってぐいぐい歩く。

だけど、昇降口には鍵がかかっていて押しても引いてもびくともしなかっ
た。

「休みだし、やっぱりしまってるかぁ」

ためしに職員室をのぞいてみたものの、人のいる気配はない。

裏口も鍵がかかっていて校舎に入ることはほぼ絶望的だった。

校舎に入るのは諦めて今度は体育館に向かう。

中ではバスケ部とバレー部がコートを半面ずつにわけて練習をしていた。

「どう何か感じる?」

「特に……何も感じねぇな」

「そっか。だとしたら……」

湊が反応を見せたのは、校庭とサッカー部だ。

あたしは体育館の裏側にある倉庫へ湊を連れて行った。

半開きの倉庫の中に入ると、あまりのほこりっぽさに咳がでる。

「あっ」

顔の前のほこりを手で払っていると、湊が声を漏らした。

「流奈、ちょっといいか?」

湊があたしの手を引っ張る。

落ちていたサッカーボールに右手を伸ばしてそっと触ると、湊はギュッと目をつぶった。

「やっぱりそうだ……」

「え?」

「一つ思い出した。俺、多分サッカーやってた」

目を開けた湊は確信したように言った。

「嘘。どうしてわかるの?」

「説明はできないけど、ボールに触れた瞬間、頭の中でサッカーボールを追いかけてるシーンが頭をよぎったんだ」

少しだけ記憶を取り戻せたことがよほど嬉しいのか、目を輝かせる湊。

普段はあまり表情が豊かなほうではない湊の初めて見る表情だった。
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