旦那様は懐妊初夜をご所望です~ワケあり夫婦なので子作りするとは聞いていません~

 病院の外に出ると、そこは中とは別世界のように暑かった。すぐに噴き出た汗で素肌がベタベタしてきそう。

「じゃあ、よろしくお願いいたします」

 母が深々と頭を下げる。

「ちょ、ちょっと待ってください。鳴宮さん、私やっぱり、しばらく実家に帰らせていただこうかと」

 母に言ったのと同じセリフを繰り返すと、鳴宮さんは眉を顰めた。

「鳴宮さんと俺を呼ぶけど、君だって鳴宮さんだぞ」

「あ……すみません」

 だって、主治医にも旧姓で呼ばれていたんだもの。私を混乱させないためだったんだろうけど。

 いきなり「鳴宮さん」と呼ばれても、すんなり返事ができる気がしない。

「とりあえず行こう。二人で過ごした部屋を見れば、何か思い出すかもしれない」

「そうね、そうね。実家にはいつだって帰られるんだし」

 なんの根拠もない鳴宮さんの言葉に、母は深く同調した。

「それは百パーセントないとは言えないけど」

 脳が死んだわけじゃなくて、記憶の回路に少しトラブルが生じただけだとしたら、なにかの拍子で全てを思い出すということもあるかも。

< 22 / 245 >

この作品をシェア

pagetop