嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
「早く食べたら? 落ち着いて花帆に触れない」

「た、食べるよっ」

 同梱されていた楊枝を手に取る。

「緊張して手が震える」

「花帆ならひと口で食べられるんじゃないか? ひと思いに突き刺して食べればいいだろう」

 この世にひとつしかないものなのだから味わって食べたい。

 それなのに仁くんは私の手を掴んで、楊枝をアネモネの中心にぐさりと突き刺した。

「ああっ!」

「そのまま口開けていて」

 口のなかに放り込まれて、もう咀嚼するしかなくなる。

 なんてことだ。

 絶望感と、優しい味がもたらす幸福感で心が忙しい。

 仁くんをじろりと睨みながら、できる限りゆっくりと噛みしめて味わった。

「めちゃくちゃ美味しかった。ご馳走さまでした」

「お粗末様でした。じゃあ、次は俺が食べさせてもらう」

 言い終わるとほぼ同時に噛みつかれた。

 私の唇をぺろりと舐めた後、「あまっ」と呟いてまた口をふさぐ。

 下に弥生さんたちがいるのに。

 そう思う反面、私も触れたかったから止められない。

 いつまでもこうしていられたらいいのに。

 甘いひと時に酔いしれて、この上ない幸福感で満たされていった。
 
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