きっと、月が綺麗な夜に。
まだ感覚の戻らない右手でサラサラの細めの黒髪に指を通すと、絡まり知らずのその髪の毛がするんと指の間を通り抜けた。

もちろん感覚がないのは僕だけだから、僕に触れられたその頭は「ううん」といつもよりずっとハスキーな声でくぐもり、そして、ゆっくりと起き上がる。

ビー玉と視線が、ぶつかりあった。そのビー玉は徐々に瞼の奥から真ん丸な姿を現して、1回大きく揺らぐと、気づいた時には視界から無くなり、代わりに胸元に小さな衝撃と温もりがあった。


「嘘つき。すぐ帰るって言った」

「……うん」

「ばか、嫌い……嘘。よかった」


短い単語で押し寄せる感情を静かにぶつけてくる美矢の表情が見れないのは少し残念。


「ごめんね……美矢、泣いてるの?」

「泣いてない、とらのばか」


悪態も全然嫌じゃなくて、むしろ嬉しくて、いや、本当は嬉しいというか可愛くて。

どうしてだか急に今、武明先生の奥さんが言っていた言葉の全てがすとん、と僕のどこかで着地した。

いつもの美矢も、弱った美矢も、不機嫌な美矢も、嬉しそうな美矢も、その全てが可愛くて、愛おしい。


僕は美矢のことが、好きだ。もちろん恋とか愛とかの方も含めて。
いつからかは分からないけど、多分、最初から。
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