小説家の妻が溺愛している夫をネタにしてるのがバレまして…
開放的なテラスが売りのレストランに着くと、美味しそうな料理よりも詩乃ちゃんは夜景に目を奪われていた。


「私たちの家、あっちの方かな?」

「いや、方向的にはこっちじゃない?」

「ん〜…あ! 御用達のスーパー見える〜」


スーパーの明かりも含め、街の光がとても美しく煌めいてて、それを嬉しそうに眼を輝かせて眺めてるから…


(連れてきて良かった)


と思う。

改めて愛しさが増して、詩乃ちゃんの横顔をバレないようにこっそりと堪能した。



クラフトビール、シャンパン、ワインにカクテル。お酒の種類が豊富であることを売りにもしているレストランで、詩乃ちゃんはお酒を嗜む。


「わぁ〜…美味しい〜」


ぽわぽわ、ふわふわ。
なんて言葉が似合うような表情と声音で、夜景を肴(さかな)に存分に楽しんでいた。


「ぐいぐい飲むね」

「ん〜そんなに飲んでないよ〜」


嘘だ。割と飲んでる。下手したら僕よりも多く飲んでるんじゃない…?


「郁人くんも遠慮せず飲みなよ〜」


詩乃ちゃんは良い大人だし、しっかりと弁(わきま)えてる人だから潰れるまで酔うことはないだろうけど……。


お酒弱いのにいつもよりペースが早くて飲む量も多い。


でもここで、『飲み過ぎだよ。もう少し控えた方が』なんていう楽しい雰囲気に水を差すような言葉は言いたくないなぁと思いつつ、いざとなったら手を引いて帰ろうと心に誓った。










それから小一時間後。



「よし、そろそろお会計する?」


ちょうど良い頃合いになり、僕は詩乃ちゃんに問いかけた。


その質問の詩乃ちゃんの返答がかなり衝撃的で混乱するなんてこの時の僕はつゆ知らず…。


「ホテル」


「……………え?」


ホテルって言った?


ホテルって…あの……ラブホテル…?


確かに今日はこの後、僕は『詩乃ちゃんのしたい放題にされる』っていう約束だけど…。


お酒の速いペースを止めなかったのは水を差したくないのはもちろん、その約束を有耶無耶にしたかったからだ。


「お会計…私、してくる…」

「っ…僕が済ませてくるから座って待ってて…!」


有耶無耶にしたかったのは、詩乃ちゃんと『そういうこと』がしたくないわけではない。


ただ単に、心の準備ができてなくて…。


煩く早鐘を打つ心臓を落ち着かせるように深く呼吸を繰り返した。
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