きみに想いを、右手に絵筆を
 けれど、俺の足をその場に留まらせたのは、彼女が俺に押し付けた紙切れだ。

 床に落ちたそれが無性に気になり、拾い上げた。

 中を開くと、鉛筆書きした何かが目に飛び込んできた。

 三本の向日葵が立つ何処かの庭を描いた下絵。それが何の絵なのか、分からないはずがない。

 ロビーに飾られた、プレッシャーの原因。二年前の俺が描いた、【太陽の庭】の下書きだった。

 どうしてこれを、白河が……?

 クシャクシャになったシワを伸ばすと、『ゆりちゃん、頑張れ』と見慣れた下手な文字が読み取れた。

 記憶の洪水がドッと押し寄せ、津波となって襲いくる。

 これ……。

 俺はその下書きを掴んだまま、その場に膝を付いた。

 思い出した。

 白河は。

 "あの時の女の子"だったのか……。

 彼女が誰かを思い出し、肩を落とした。

 二年前の夏。俺はまだ実家に住んでいた。

 絵を描く意欲は上々でとどまる事を知らず、次に描く標的を探していた。

 その時、目に止まったのが隣りの家に咲く三本の向日葵だ。

 綺麗に手入れされた庭を見て、十六歳の俺はそこで水遣りをする女の子に声を掛けたのだ。


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