黙って俺を好きになれ
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会社の飲み会とは。サービス残業なんかよりもっと理不尽な、苦行そのものだ。私、羽坂(はねさか)糸子(いとこ)にとって。

今夜は、急な辞令で県外の営業所に異動が決まった、第一事業部の富山(とみやま)課長の送別会だった。こぶりな営業所だから、ほぼ社員全員参加でも30名弱。忘年会でいつもお世話になっている近所の中華料理店、『瑞鳳(ずいほう)』の宴会場を貸し切って夕方6時半から始まった。

30分も経てば、送別会なんだか経費で落とすタダ酒の飲み会なんだか分からなくなってくる。総務部の私は、大皿に盛られた宴会コースの料理を自分の皿に取り分けてさっさとお腹を満たし、あとは、ひと並びにくっついた座卓を回っては空き皿やグラスを回収したりせっせと雑用をこなす。

ビールもチューハイもアルコールは全般的に得意じゃないし、動き回っていればお酒を勧められも絡まれもしない。・・・というよりは目に入ってないだろうと思う。

真面目だけが取り柄の大人しい優等生タイプ。をそのまま絵に描いたような容姿で、クセもない自前のストレートヘアはハーフアップかひとつ結び。来月の11月19日で24歳になるけど、今まで染めたことだってない。

お化粧にいたっては最低限のメイク。友達と呼んだらおこがましいか、同期で同じく入社4年目の高橋エナに色々なコスメをオススメされても、自分に似合う気が全くしない。結局、無難そうな色を選びエナをガッカリさせるのだ。

つまり。第二事業部のアイドル的存在で、今どき珍しくもないアジア系のハーフ美人のエナとは真逆の影の薄い存在。・・・というだけの話。
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