黙って俺を好きになれ
目の前がなにかに塞がれた。・・・と思った。目の焦点を合わせられず惑うあいだに、唇に特に柔らかくも硬くもないものが押し当てられた感触。

・・・・・・・・・・・・え?

生温かい吐息を感じ、斜めに傾いた先輩の顔がほぼゼロの距離でそこに在った。

あまりに突然のことで、私は固まったまま呼吸も忘れたかもしれない。

時間にしても十数秒だったのかも。

唇が解放されて距離が戻る。放心状態の私を見下ろす眼差しは何も読めない色をしていた。

「俺はお前を気に入ってる。・・・憶えとけ」

ふっと笑みをよぎらせた先輩は「じゃあな」とひとりでに完結させ、私にはなにも言わせなかった。・・・なにをどう言ったらいいかなんて分からなかった。



車を降り、テールランプが見えなくなるまでぼんやり立ち尽くす。最後にちゃんと挨拶できたかも憶えていない。

冷たい夜気に晒されているはずなのに寒さも忘れているほど。いっぱいいっぱいに溢れ返っていた。先輩の声が、顔が、あの頃の思い出が、・・・・・・生まれてきて初めてのキスが。





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